自分の歌を自分で聴くことほど惨めなものはない。誰もが嫌悪感が走る。それでも録音して聴かないといけない。厭なものを何度も聴き返すことが必要なのだ。不思議なことに少しずつでも上達する。これより優れた練習なんてあり得ない。
フランク・シナトラは「自分の歌の録音を誰よりも聞いた」という話を娘のナンシーがシナトラの伝記の中で書いている。
自分で聞くことによって少しずつ自分が理想としているものに近づいて行く。これは歌のフィードバックによる上達法だ。フィードバックの回路がないと、目をつぶって車を運転するようなものである。コースが外れても分からない。それと同じで、音がはずれていても分からないのだ。
録音した歌が「まあ、少しは聞けるようになったかな」と思えるようになれば、今度は人前で歌ってみることだ。聞かされる人には迷惑千万な話だが、そうして進歩していくのである。
自分で歌っている歌は自分で聞こえている。しかし、耳から入る音と骨伝導で聞こえる音が合成されたヴァーチャルな歌が聞こえている。これで、みな上手に聞こえているつもりになる。だから、自分の歌に酔いしれている人が多いのだ。周りは歌わないほうがよいと思っても、本人は素晴らしい歌手だと思って歌っているのです。
それで、カラオケやが繁盛するのです。金儲けを考える人はすごい!
この考えは、人間を喜ばせ(興奮させ)、脳内にドーパミンを出させ、依存症にさせてお得意様にする商売のやり方である。
もうひとつ、最近はあちらこちらのお店で「セッション」と称する「歌いっこ集会」にぞろぞろと人が集まって来るらしい。そんなところに行く前に、ご自分の歌を録音してよく聴くことです。
昔々、沢田靖司Vocal
Schoolでは、1時間のレンッスンをカセットテープ(古いか?)に録音し、生徒さんに渡したのです。この師匠は、ものの道理を知る日本一の先生でした。
人前で歌っていい気持になって、そう、心臓は強くなるでしょうが、あなたの歌は上手にはなりません。
自分の歌を録音して聞かないまま人前で歌う人が如何に多いか。無謀というか人前に自分の裸をさらすのと同じだ。私の主宰するFJS女声ジャズ合唱団には、レコーダーを持って歌いに来る人がいる。そういう人は心がけがよろしい。私に褒められている。
私はコーラス人間だ。アレンジをして歌ってみないと難しいハーモニーの響きは分からない。ピアノで弾いても駄目だ。ピアノは平均律で調律してある。ソ#とラbはピアノでは同じ音しか出ない。人間は歌い分けることが出来る。およそ8分の1音だけソ#の方が高いのだ。だから私は自分で歌って人間の作り出すハーモニーを聴いてその響きを確かめたい。変な人種なのです。
2000年にヤマハがMD-8というレコーダー付きの8トラック・ミキサーを発売した。すぐに飛んで行った。すぐに見つけて、
「これ下さい」
「どちらにお届けでしょう?」 ・・ まことに愚かな質問だ!
「自分で持って帰ります」
で、帰ってすぐに伴奏を入れテストに多重録音でコーラスを入れてみた。これが、高校生の頃からやりたかったのだが、録音機材の揃ったスタジオを借りてやらなければそんなことは出来ない。昔、家には2台のテープレコーダーがあったので、多重録音を実験したが、サウンドの劣化が激しく聞けたものではない。諦めていたことが40何年もしてやれるようになった。長生きはしないといけない。
そんなこんなの目的でいろいろ歌ってレコーディングした音源が残っている。これらは、ボーカル・グループの仲間へのサンプルでカセットやMDに入れて渡したものだ。すべてのパート別に録音されている。自分のパートを憶えてもらうためだ。譜面の読めない人にはこうやって教材を作ってやったのだ。親切極まりないというか、よくやるよというか・・・
それらを、少しずつビデオ仕立てにしてみました。暇があったら聞いてみてください。
You Tubeを借りてストリーミングになっているが、限定公開にしているのでYou
Tubeで検索しても出てきません。ここだけです。
コーラス・アレンジはわかG自身のものです。Four
Freshmen Soundは音域が広すぎて(高過ぎて)日本人には手に負えません。コード進行を真似して私の音域に合わせて書き直したものです。それを面白がったのは当のFreshmenのバリトンだったVince
Johnsonで、CDに入れて持って帰りました。キーを下げても雰囲気が出ていると言って感心してました。さすがに彼は音楽の修士です。(2013年3月)