爵士楽堂主人の録音室 | ||||||||||||||||||
Me and My Shadow |
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この歌はAl Jolsonが歌った古い歌です。ところが1962年にシナトラとサミーがデュエットで素晴らしいレコードを吹き込みました。これには原譜にはない「合いの手のフレーズ」がCarl Murrによって書かれました。私はこのレコードがあることを知りませんでした。不思議です。サミーは全部聞いている積りだったのに・・・。 2001年の10月に私に「ダラスのジャズ歌手です」と一通のメールが来ました。Craig Thompsonという新進歌手です。12月に来日しライブをやるというのです。Craigは私のサイトを見て私がどんな歌でも歌ってしまうことを知っています。ダラスが朝になると私のところに電話してきます。「Me and My Shadowを二人で歌おう」と譜面とシナトラとサミーの音源を送ってきました。 東京に来たら「皆に歌って聞かせる」と言うのです。その練習をテキサス・ダラスからの電話でです。変わった男です。それよりも日本人より日本人みたいな男です。評論家の瀬川昌久さんが「彼は人間が出来てる」と言いました。Craigはその昔、海兵隊で三沢基地にいたのですが、相撲をとりたいと言って、ついには世界アマチュア相撲大会のアメリカ代表選手にまでなってしまいました。体重400ポンド、180Kgでした。
その年と、次の年も来ました。前後、日本には4回ほど来ました。その度に、この歌を2回か3回歌いました。とにかくBig Bandでシナトラやボビー・ダーリンばりの歌を聴かせるのです。 話はがらり・・・、かつて富士Xeroxに勤めていたサラリーマン小川 徹が「サラリーマンでもライブをやれるぞ」と2005年の春夏秋冬にライブを本当にやってしまいました。わたしに応援を求めてきました。人がやらないデュエット曲を3曲ばかり仕立てました。その中に、この”Me and My Shadow”がありました。我が家に来て練習です。その録音が消えずにとってありました。 小川 徹は脱サラし、今は「ジャズ道楽」という会社を立ち上げました。(2015/9/25) |
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