Jazzにまつわる話編集人

若山邦紘  1941年1月生まれ

慶應義塾大学工学部卒、高校時代から塾の混声合唱団楽友会で宗教曲の大曲をオーケストラバックで歌ってきた。余技にトリオやカルテットでジャズ・コーラスやバーバーショップを楽しんでいた。

大学院博士課程終了後は法政大学工学部経営工学科に奉職、42年間、70歳まで研究・教育生活を送った。専門はOperations Researchとシステム工学。2011年定年退職、名誉教授。ゼミの卒業生は526人になった。

学生時代からメンバーが所帯を持つ頃まではカルッテットで難しいスタイルの曲を好んで歌っていた。パートはバスを歌っていた。4人が家庭を持つ頃までは細々と歌っていた。


1968/5/18

40代の頃、南青山のLamp LightでDolly Bakerに出会い、ジャズボーカルの何であるかを学んだ。ドリーからはいろいろなことを教わり、いろいろな本や資料、譜面、写真など珍しいものをもらった。お袋のようにしてくれた。しばらく後に沢田靖司と無二の友となる。ドリーに紹介してもらったのだった。この時代にクルーニング唱法を身につけた。ベルカントとは正反対の発声法で何とかジャズらしく歌えるようになるのに3年かかった。

2人のJazz Vocal師匠

Dolly Baker, 2006

沢田靖司,2016

この時代はソロ・ボーカルが中心だったが、元サーカスの島田トオルと三菱商事の有名人、佐藤 宏さんと3人で簡単なコーラスもやった。今はないテレ朝通りの夜更けのSound Inn DOMINANTが遊び場だった。

50代半ばになってLight Music Society出身の寺田 厚兄さん、白石惠一兄さんに連れられて赤坂のLittle MANUELAに行くようになった。そこで、出会ったブルーコーツの小島正雄さん(11PMの司会者といった方がご存知か)の長男、小島 恂に誘われてジャズ・コーラスを再開した。これがOZ SONSの始まりだった。


初期のOZSONS

1999年にスリー・グレイセスのコンサートに引っ張り出されたのがきっかけとなり、2000年代はいろいろな人やいろいろなところから呼ばれた。鈴木史子のKeep Shiningは2001年から常連メンバー、2002年、社会人ビッグバンド都連のコンサートに、OZ SONSがジャズコーラスとして初めて呼ばれた。


3 Graces 1999

2003年、最後の「ゲソの気まぐれコンサート」にゲストに呼ばれた。「初見で歌えるようなグループがいくらでもいるのに」と言うと、「俺はお前たちでいいのだ」と言った。

ゲソG+3グレイセス+OZ SONSの8人コーラスは圧巻だった。5月連休初日にコンサートがあったのだが、ゲソGはその年の9月に他界した。


笈田敏夫 2003

2004年の2月には、われわれを可愛がってくれた世良Gがガンで亡くなった。自分のライブにオジサンたちを呼んで素人コーラスの伴奏までしてくれたのだ。追悼コンサートには30組ほどのゆかりのミュージシャンが出演したが、唯一の素人、われわれOZ SONSは世良Gにささげて”Mr. Wonderful”を歌った。

世良ママは「あなた達、一番心がこもっていたわ」と言った。


世良 譲 2003

大橋巨泉とサラブレッズのドラムス、日本楽友会の理事長池貝政俊さんはミュージシャンの集まりで私を紹介するとき、

   「この人は趣味で大学教授をしている若山さん」

と言います。うまいことを仰います。

ついに日本楽友会の理事にされてしまいました。


草月ホール 2013

2013年6月に、最初で最後の自主コンサートを草月ホールで開催しました。約500枚刷ったチケットはSold Outとなった。中尾ミエに生前葬だと言われた。

翌年からは、元の3人で細々と古いレパートリーを引っ張り出して忘れないように声だししている。もう大きなことはやりません。


MANUELA 2017

「Jazzにまつわる話」の英訳

私の主サイトである「Jazzにまつわる話」では、2人の翻訳者が英訳を手伝ってくれた。最初に手を上げてくれたのは、北海道に住む英語の先生、岸田佳恵さんである。ジャズの勉強のためになると始めてくれた。

2人目は宇川まり子さん、アメリカ帰りの歌好きの女性である。洒落まで上手に英訳するのに驚かされてしまった。

お二人はメル友になって、やり取りしていたようだった。

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わたしが編集する主な音楽関係サイト

⇒ Jazzにまつわる話

⇒ OZ SONS-PIT(オジサンコーラス)

⇒ FJS女声ジャズ合唱団

⇒ 楽 友(慶應義塾楽友三田会Official Site)

⇒ 日本楽友会(ジャズ・ミュージシャン親睦会)

⇒ リトル・マヌエラ(赤坂見附一ツ木通り)