慶應義塾普通部昭和31年B組卒のサイト

このホームページは2006年に開催された普通部昭和31年卒の卒業50周年の同期会を開催のとき、同期会幹事会の情報共有のために作成したホームページ、

http://www.ozsons.jp/futsubu31/

の作成を機会に、B組独自の卒業生のクラス会通知・記録・情報交換のために作成しました。(わかやま)

ニュース

● 猪原満也君が永住帰国しました。岡山市にマンションを買って暮らしています。(2014/1)

● 神野哲夫君が「人生下山の作法」文藝社を出版。(2014/3)

● 神野哲夫君が続いて、をルネッサンス・アイより出版。(2015/10/29)

● 神野哲夫君が第44回医療功労賞を授与されました。(2016/3)

アジアの発展途上国の留学生や研修医を受け入れ、医療従事者の指導に尽力している。

次代を担う若い医師の教育を目的に1993年に設立した「アジア脳神経外科コングレス」は、4000以上の会員を擁する大きな組織に発展した。2007年には、アジア初の「世界脳神経外科連盟・中間会議」を名古屋市で開催。発展途上国の若い脳外科医約250人を招へいし、交流を深めてもらった。

こうした人材育成は、発展途上国の医療向上を裏側から支える取り組みとして評価された。〈ミャンマーほか〉

● 1年の終わりに普通部を退学した三浦啓邦君からメールが届きました。このB組サイトのクラス会便りに

「途中で転校して卒業生名簿に入っていない三浦啓邦はどうしているでしょうねぇ?」

とあります。この一言を三浦の会社の秘書さんが発見してくれたのです。(2016/12/12)

● 神野哲夫君から自著を2冊送ってきました。自身の歴史を振り返るアルバムです。お世話になった恩師たちへの言葉「我が恩師−仰げば尊し、我が師の恩」。もう1冊は、「Uphill,all the way−我、かくの如き生かされき−生前業績集(第U卷退任後10年)」である。よく大先生が亡くなると、弟子たちが師の研究業績などをまとめて記念の本を作成することに出会う。それを、元気なうちに自分でまとめて書いてしまったというものである。驚いている。次回のクラス会には持参します。(2017/12/14)

 


ジャパン藤脳クリニック(Google Mapより)
名古屋市緑区横吹町1918-1

訃 報

● 増田紀治君の訃報が入りました。2015年10月2日死去。74歳。(2015/10/2)

● 高橋正克君は2012年10月のクラス会の案内時には「療養中」との返信でしたが、
   その後、亡くなっていました。(2015/11)

● 深堀純一君は2012年のクラス会案内はがきが戻りました。
   転居したのかと思っていたのですが亡くなっていました。
   高校の名簿2014でわかったことです。(2015/11)

この3名の訃報を含めて、熱海、馬場、力石、深堀、畠山、広瀬、井上、河原田、蔵本、増田、松崎、宮永、岡田英雄大塚一正、鈴木、高橋、植村の17名の物故者です(2017/12現在)。

目 次

B組クラス会便り

卒業50周年記念同期会アルバム 2006

池上線沿線忘年会 2017/12更新

 

 


リンク

         沢 謹二の店 エドサワヤ

         ジャズ界では有名な若山邦紘の ジャズサイト

         三浦啓邦が会長の会社 マーチン・エンジニアリング・ジャパン