ジャズとコーラス

(37) Os Cariocas The Girl from Ipanema

ブラジル、リオデジャネイロで1942年にOs Cariocasというグループができました。じつはそのグループがまだ続いているのです。

このLPジャケットの写真を見て「おー、フォーフレッシュメンだ!」って誰もが思います。

彼らはFour Freshmenのスタイルをまねたわけではありません。4フレッシュメンは1948年に結成ですから、6年も前にできているのです。

ところがサウンドを聴いてびっくりします。本当にフレッシュメンとそっくりのアレンジでテンションコードを歌います。ブラジルにはジョビンが新しいリズムとサウンドをもたらしました。「新しい潮流(Bossa Nova)」です。テンションコードを多用するところがそっくりなのです。


OS CARIOCAS


Os Cariocas「われわれは魂で歌います」と書いてあります

2011年現在のメンバーです。2010年のいつごろだったか、ベースの新井ちゃんが、突然、

「オス・カリオカスって知ってる?ブラジルのフォー・フレッシュメンみたいなグループで凄いんだ」

「知らないなぁ」

わたしは見たことも聴いたこともありません。それで、家に帰ってからCDの棚を見てみたところ、こんなCDがありました。

「何だ?これは」・・・じつに、一度も聴いたことがないCDがありました。買った記憶もありません。誰かがくれたのかなぁ?そろそろアルツが始まったかと思うことがたびたびあります。

たった1曲のために10数曲も入っているCDやらLPを昔の人は何の抵抗もなく買ったものです。それで、お目当ての曲だけ聴いて他は忘れ去っているのです。

今の若い人はそういう趣味はないそうです。ほしい曲だけ買うのだそうです。ネットからダウンロードするのです。彼らは経済性に優れています。

われわれのような爺さまは、そういう無駄をして音楽産業に御奉公してきました。お陰さまで、お宝のようなLPやCDがごろごろとあります。何年も何十年も経ってから、いいものを見つけることになるのです。夢があるのです。

年が明けて、2011年になりました。今度は、やはりベースの大角君が「Os Cariocasが・・・」と言います。そうか、いろんな人がオス・カリオカスのことに興味を持っているということです。そこで、このページができました。

まずは、このイパネマの娘を聴いてからです。

如何です?面白いでしょ。アメリカではクインシー・ジョーンズがプロデュースしてMercuryからレコードが出されました。私は、およそ70年経ってはじめて彼らの存在を知りました。いかに知らないことだらけなのかが分かります。

ちなみに”Carioca”とは、リオデジャネイロの出身者・住人をいいます。ブラジルの「江戸っ子」です。

  

ポルトガル語ですから俄かに意味は分かりませんが、Verseらしきものが歌われています。わからないと余計に知りたくなります。そこで、Os Cariocasに「あれは何ですか?」とメールを書いてやりました。そうしたら3rdボイスを歌うNeil Teixeiraから返事が来ました。

In 1962, Rio de Janeiro, “Os Cariocas” had an important participation in the memorable show “O Encontro” (The Meeting) with Tom Jobim, Joao Gilberto and Vinicius de Moraes, at the night-club “Au Bon Gourmet” in Copacabana, which marked the real beginning of the bossa-nova style. It was in this show that most of Tom Jobim’s hits were first performed. The girl from Ipanema had this introduction:

<Joao Gilberto>  One of this was The Girl of Ipanema with this introduction.

Tom e se voce fizesse agora uma cancao
Que possa nos dizer, contar o que e o amor

<Tom Jobim>

Olha Joaozinho, eu nao saberia
Sem Vinicius pra fazer a poesia

<Vinicius de Morais>

Para essa cancao se realizar
Quem dera o Joao para cantar

<Joao Gilberto>

Ah! mas quem sou eu
Eu sou mais voces
Melhor se nos cantassemos os tres.

Thanks.
Os Cariocas

という返信です。 


貴重な写真を送ってくれました
                          Os Cariocas 
Vinicius de Morais  Tom Jobim  Joao Gilberto
         
  
  作詞          作曲     ボサノバの神様歌手         

「印旛沼の娘」が初めて歌われたBosa Nova誕生のときのライブでの会話なのです。驚きました。何でも聞いてみると分かるのです。地球の裏側からの返信です。(2011/12/13 追記)

  


訃 報

Musico Severino Filho morre aos 88 anos no Rio de Janeiro
(ミュージシャンSeverino Filho リオデジャネイロで死去、88歳)

2016年3月1日

2016/3/1にOs Cariocasのオリジナル・メンバーで現在のリーダーであるSeverino Filhoが88歳で死去しました。7カ月経って知りました。ブラジルのサイトでは沢山掲載されています。ポルトガル語の分かる方は検索してごらんなさい。

このグループは1942年からですから74年の歴史です。遅ればせながら、Neil Teixeiraに悔みメールを出したところです。しかし、メールは届かずに戻りました。Os Cariocasのドメインがネット上から消去されました。R.I.P.


Severino Filho(1928-2016)

したがって、Os Cariocasのオフィシャル・サイトも繋がりません。Filhoの死去と共にグループは解散したのでしょうか?そのようです。グループ・ドメイン関連サーバーはすべて消去されました。他人がアップしたYou TubeとWikipediaには残っています。

 

(2016/10/9)


リーダーのFilhoが亡くなって、Os Cariocasはごく当たり前のように消滅、解散しました。

それと対照的なのがマントラです。あのTim Hauserが亡くなっても依然として続けています。先日も来日しました。同じ歌を歌い、同じことをやるのですが

「Tim Hauserのいないマントラは、もうマントラじゃないよな」

というのが、行って来た人間の感想です。そうです。マントラはTim Hauserが作ったのです。

ブラジル人の潔さに日本人は何かを感じます。

こんな話、Alan PaulもJanis Siegelも知るわけないね。

 

Filhoが亡くなってからYouTubeに上げられたアカペラです。

(2016/10/31)


残されたメンバーが新グループ、Quarteto Do Rioを立ち上げました。伝統を受け継ぐのだといってます。

彼らは賢いです。Filhoが死んでOs Cariocasも幕を閉じました。FilhoのいないOs Cariocasなんて意味がないと考えたのです。新グループとして一から始めたのです。

(2017/1/3)

⇒ Quarteto do Rio 新ページ(2017/5/30)

 


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