ジャズと雑学

(48) 生まれと育ち Amazing Grace & Gloomy Sunday

物事を深く調べもせずにいい加減な記事を書く新聞記者が「Gloomy Sundayはシャンソン」と新聞に書いたので、「この野郎、また嘘を書きやがって」と腹立ち紛れに「シャンソンじゃないワイ、ハンガリーの歌だぞ」という稿を書いた。⇒マーサ三宅60周年

以前にも、いい加減な記事を平気で書くので日頃から「おっちょこちょいめ」と思っていたという伏線があったのだ。 

話は変わる。

つい最近、私が編集をしている大学のクラブ「楽友会OBOG」のホームページへの投稿文の中に「ゴスペルのグループに参加し、初めてAmazing Graceを歌った」という内容の原稿が送られてきた。

これを読んだ賢い後輩が、

「Amazing Grace=ゴスペルではない。イギリス人牧師のジョン・ニュートンが書いた歌で、もともとは賛美歌じゃねぇか?」

とメールに書いてきた。”Amazing Grace”がゴスペルというのは誤解だと言うのだ。

ニュートンは若い頃、奴隷商船に乗って奴隷売買が商売で大儲けをしていた。さんざ人の道に外れたことをし続けた男が、船が嵐に遭い、浸水が激しく沈没しかけた時、神を信じることも無かった自分が心底から神に祈って奇跡が起き、船倉に開いた穴に積んでいた荷物が転がり穴をふさいで船は沈没を免れたという。自分のような酷いことをし続けた人間にも神は救いの手を差し伸べてくれたと、それまでの悪行を悔い改め、勉強をして牧師になったという。1700年代の実在する人物の話だ。


John Newton (1725 - 1807)

彼が言ってきたことは「正論」ではある。ニュートンが1772年に書いた詞が元になって、アイルランドかスコットランド民謡のメロディーと掛け合わせて出来たといわれるが、作曲者は不詳・不明となっている。

奴隷時代に聖書を題材に書かれた宗教色の強い歌が黒人霊歌(Negro Spirituals)と呼ばれる。その頃は、夜遅く隠れて救いを求めて歌っていたものだ。”Go Down Moses”、”Nobody Knows The Trouble I've Seen”、”Joshua Fit The Battle Of Jericho”、”Deep River”、”Swing Low, Sweet Chariot”、”Set Down Servant”といった名曲はなつかしい。50年以上たっても歌詞を忘れず歌える。Paul Robesonというバスが超低音でDeep Riverを歌うのを聞いて痺れたものだし、Golden Gate Quartetはよく日本にやってきた。その歯切れのよいリズムとハーモニーは今も受け継がれている。
 


Thomas Dorsey
(1899-1993)

ゴスペル、Gospelという言葉は「福音」を意味するが、「ゴスペル・ソング(福音歌)」という言葉が生まれたのは1920年から1930年にかけてトーマス・ドーシーというブルースの作曲家によるものである。

彼はブルースから教会音楽へと転進し、シカゴの教会でクワイヤを始めた。そこで、トーマス・ドーシーは「ゴスペルの父」と呼ばれる。ゴスペル・ソングの源流はもともとメソジストの賛美歌である。”Amazing Grace”もそういう過程を経てわれわれの耳に届いている。

Mahalia Jackson(1911-1972)
Aretha Franklin(1942-2018)

”Amazing Grace”がアメリカに渡ってきて最初のレコーディングはマハリア・ジャクソンというゴスペル・シンガーだった。1947年である。それで、アメリカ全土に広まったのだ。マハリア・ジャクソンは「ゴスペルの女王」と呼ばれる。

さらに、マハリア・ジャクソンの影響を受け、牧師の父親に育てられたアレサ・フランクリンが1972年に出したアルバム「Amazing Grace」は大ヒットしたゴスペルのLPである。アレサ・フランクリンは60年代の初めにポップスを歌わされたのだがヒットは無かった。しかし、ゴスペルを前面に出して歌うようになって真価を発揮した。アレサはジャンルを選ばない。何でも歌える。後に「ソウルの女王(Queen of Soul)」と呼ばれる。

マハリア・ジャクソンのゴスペル・バージョンを聞かせましょう。

 

全米、いや全世界には数知れぬほどゴスペル・クワイヤがあり、それぞれが熱狂的な”Amazing Grace”を聞かせます。その1つです。このクワイヤは南アフリカの有名な黒人クワイヤである。

 

もう1つ聴いていただきたい人がいます。まだ、去年還暦を迎えたDiane Schuur(1953- )という盲目のジャズ歌手です。3オクターブを歌うことでも有名です。古いジャズファンにとっては、まだ小娘くらいにしか思っていなかったのですが、もう還暦を超えたといいます。

 

しかし、美しい”Amazing Grace”は、アイルランドのCeltic Womanという女声コーラスです。You Tubeでも2000万人を超す人がアクセスしているんですよ。ご存知でしたか?この歌が生まれ故郷に帰ったのです。

 

だから、”Amazing Grace”は、生まれ故郷はイギリスではあるが、アメリカの黒人がゴスペル・ソングとしてここまで育ててきた歌だということ。アメリカから発信されて世界中に広まった”Amazing Grace”はクラシック系からジャズ歌手まですべてのジャンルの歌手がカバーしている。

 

日本でよく聴かれた”Amazing Grace”はギリシャ人のナナ・ムスクーリ、Nana Mouskouri(1934- )の美しい歌でした。テレビCMでもよく流れたのはこのレコードで全世界で売れたのだそうだ。

マハリア・ジャクソンはケネディ大統領の就任式で歌っているし、アレサ・フランクリンはオバマ大統領の就任式でAmerica(My Country, 'Tis Of Thee)を歌っている。

 

ちなみにレーガン大統領の就任式ではフランク・シナトラが”Nancy”を歌ったのを憶えていますか?

さて、M新聞の記者の話に戻る。

”Gloomy Sunday”のシャンソン話は、同じように生まれはハンガリーでも、ヒットさせたのはシャンソン歌手のダミアだ。ダミアが歌わなかったら、ジャズ歌手のカーメン・マックレーは歌っていなかったのかもしれない。カーメンが歌ってくれなければ、わかGはこの歌の話を書くことも無かっただろう。

シャンソンでもいいじゃないか。「M新聞のK記者よ、うそつき扱いして悪かったな。でもな、もうちょっと深く調べてから記事を書くようにしなさい」

まあ、治ることはないじゃろー。(2015/5/10)


⇒ アレサ・フランクリン訃報 (2018/8/16)


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