ジャズと数学

ピタゴラス音律と狼音
Pythagoras(BC 580-BC500?)

ピタゴラスは音の協和性を数学的に探求しました。ピタゴラス学派は簡単な弦楽器で面白いことを発見しました。

一弦の箏を作り、駒の位置を左右の弦の長さの比が2:3になるところにずらして、左右の弦を同時に弾くと協和した2つの音が聞こえてきます。

ピタゴラスはこの実験から、弦の長さの比が簡単な整数比となるときに「2つの音の響きが快い」ことを発見したのです。

この2つの音は、「ド」と「ソ」の音程です。理想的な完全5度音程です。

1:1 では同じ音が出ます。これはユニゾンで最も協和します。
1:2 ではオクターブとなります。これも良く協和します。
2:3 では完全5度となります。ドとソです。
3:4 では完全4度です。ドとファです。
4:5 では長3度です。ドとミです。
5:6 では短3度です。ドとミbです。

こんなに簡単な関係の音を出せばハモルのです。複雑な比の音を出すことが要求されているのではありません。ピタゴラス音律では2:3が主役です。

さて、この快い5度音程進行で、オクターブを12鍵で量子化された楽器、すなわちピアノを調律することを考えます。言っておきますが、ピタゴラスの時代には鍵盤楽器などはないのです。

今ではA=440ヘルツの音を基準にして調律は行われることはご存知でしょう。調律師はオクターブ下のA=220ヘルツから始める人が多いらしいです。Aのピッチを442ヘルツにするのが好まれる場合もあります。オクターブ下は221ヘルツです。

ここで、ヘルツという単位は1秒間の振動数のことで「周波数」といいます。日本ではサイクルと言っていましたが、1971年からヘルツに変わりました。Rudolf Hertz(1857-1894)にちなんだ単位名称です。回/秒という単位です。われわれの耳に聞こえる範囲は20ヘルツ〜20,000ヘルツです。20,000ヘルツ以上の音は、耳では知覚出来ません。これを超音波といいます。この弦の振動が箏のボディに伝わり、板の共鳴振動が空気の圧力変化をもたらします。それが空気の疎密波動となり耳の鼓膜を振動させます。これをわれわれは音として知覚するのです。音源の振動を耳の鼓膜に伝える媒体(空気)がないと音は聞こえないのです。

弦楽器で、張力を一定にしたまま、弦の長さを2分の1にすると、周波数は2倍になります。これはオクターブ音程です。長さを3分の2にすると、周波数は3/2倍になります。逆数関係になります。これは5度音程です。

ピタゴラス音律

Eb1から調律をはじめて5度間隔で上昇し調律します。

1回の5度音程進行では周波数は元の音の周波数の3/2倍になります。

11回この操作を繰り返すと、以下の12音が生成されます。

Eb1−Bb1−F2−C3−G3−D4−A4−E5−B5−F#6−C#7−G#7

残りの音はオクターブの調律ですべてのピアノの鍵盤の調律が出来ます。ピタゴラス音律によるピアノの調律です。

@ C長調の音階:C−D−E−F−G−A−B−C
A D長調の音階:D−E−F#−G−A−B−C#−D
B F長調の音階:F−G−A−Bb−C−D−E−F
C G長調の音階:G−A−B−C−D−E−F#−G
D A長調の音階:A−B−C#−D−E−F#−G#−A
E Bb長調の音階:Bb−C−D−Eb−F−G−A−Bb
ですから、C、D、F、G、A、Bbをキーとする音階(ド〜シの7音)を構成する音はすべて生成された12音の中に含まれています。

しかし、Eb長調の音階:Eb−F−G−Ab−Bb−C−D−Eb

ですから、上記の12音にはAbがありません。G#はありますから、これを使うと困ったことが起こります。ピタゴラス調律ではAb=G#ではないのです。約1/8音程度G#の方が高いのです。

その説明は、以下の通りです。

G#7から5度上の音を調律します。D#8となります。出発のEbから7オクターブの音程があります。

Eb1を基音として12回繰り返すとD#8が得られますが、その周波数の比は(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)×(3/2)=(3/2)の12乗となります。

ここから7オクターブ下がってみます。オクターブ下がるのは周波数比=1/2とすることですから、7オクターブ下がると周波数は(1/2)の7乗となります。この計算をまとめて書くと、

・・・(1)

D#から7オクターブ下がった音はEbと一致しないのです。周波数比が1であれば、同じ音なのですが少々高めになります。およそ1/8音の狂いがあります。

これで、EbとG#が気持ち悪い音程になってしまうのです。Eb長調のファの音であるAbがG#で代用されているために、ファの音だけが調子はずれになるのです。これをドイツでは「狼音」と呼んできわめて不快な音程とされています。

では、5度の上がりを何回か繰り返して、オクターブで何回か下がることによって、元の音に戻ることが出来るでしょうか。これは出来ません。5度の繰り返しを何回繰り返しても、基音の整数倍の周波数の音は出てこないのです。なぜだか知りたいですか?n回5度上昇し、m回オクターブ下降してもとの音に戻るということは周波数比が1になるということでした。式で表すと、

・・・(2)

3のn乗は奇数になります。2の(m+n)乗は偶数です。したがって、上の等式を満足する整数m、nは存在し得ないのです。

しかし、n=53、m=31とすると、

・・・(3)

かなり近似の程度がよくなることがわかります。これはオクターブに53個の鍵盤を用意しろと言うことになりますから、そんなピアノは演奏できる代物ではありません。

このように、ピタゴラス律で調律されたピアノは、移調や転調に弱いのです。現在では、平均律が一般であります。協和音を多少犠牲にして、移調や転調に対応できる有利さを一義的に考えたものです。

平均律

バッハの時代に鍵盤楽器のための新しい調律法が考案されました。ヴェルクマイスター法やキルンベルガー法などが使われました。部分的に5度の協和性、3度の協和性を重視することを組み合わせたやや複雑な調律法なのです。これらは、ピタゴラス音律を改善する調律法と考えればいいと思います。

後に、協和性を多少犠牲にするが、どんな調の曲でも弾けて転調にも強いことを一義的に考えた平均律が使われるようになりました。

平均律は1オクターブの12個の音の隣合う音の周波数比が、すべて等しくなるように調律するものです。どんなキーの音階を弾いても同じ周波数比になっていますから移調。転調をしても、狼音は起こりません。

平均律が一般的なものとなり、調律技術も「うなり」をカウントして正確に微妙な調律ができるようになったのは、つい19世紀から20世紀のことなのです。

じつは、ピタゴラス音律では半音の周波数比が場所によって等しくないのです。

弦楽器や一部の管楽器の演奏家は微妙な加減によって微妙な周波数の弾き分けが可能です。逆にいえば、このような楽器の音高には自由度があり、100回演奏して同じ音になることはないといわれます。

純正律

アカペラのコーラスをやる人種が日常の話題にしている、協和性を重要視した音律に純正律というのがあります。みなさんは主3和音を知っているでしょう。

トニカ:ド、ミ、ソ   ●ドミナント:ソ、シ、レ   ●サブドミナント:ファ、ラ、ド

これらの3つの重要な和音が完全に協和するように、周波数比を4:5:6に決めることが可能です。しかし、長音階和音は協和しても短音階和音は協和しないという欠点があります。長音階ハーモニーの「ソシレ」の「レ」を、短音階のハーモニー「レファラ」の「レ」は同じではありません。そのため「レファラ」を鳴らすと感度のよい人は耐えられないほどです。

ベートーベンは移調や転調には弱いが、協和性にすぐれた純正律により調律したピアノで作曲をしたと言われています。ですから、ベートーベンのピアノ曲を弾くには純正律のピアノで弾かないと本当の響きが出てこないという主張があります。

  

中学生のときに「ピタゴラスの定理」を習ったでしょ?あのピタゴラスです。

a2+b2=c2っていう話・・・


⇒ ピタゴラスの定理(追記 2019/8)


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