ジャズと歴史にまつわる話 |
ジャズ写真家 William Gottlieb と Herman Leonard |
William Gottlieb(1917-2006) |
このホームページでも、Gottliebの写真をたくさん使わせてもらった。William P. Gottliebは1917年ブルックリンで生まれ、Lehigh大学経済学部に進学した。2年生の時に学食で「豚肉の生焼け」で食中毒事件が起こり、彼は入院を余儀なくされた。 その時、級友が見舞いに持ってきたのがジャズの雑誌だったという。そこに「ジャズはアメリカ芸術への偉大な貢献」という記述を見て、ジャズに傾倒して行った。 最終学年の時には、ワシントンポストのサンデー・ジャズコラムを書くようになった。 |
はじめはカメラマンがつけられていたのだが、コスト削減で自分で写真も撮らなくてはならなくなったのが彼のジャズフォトグラファーとしてのきっかけである。報道カメラマンが使う大きな写真機を使って撮ったものである。現在のデジカメの高級機はシャッターを押し続けると連続して写真がバチバチ撮れてしまう。昔は、フラッシュのバルブも1個、1個取り替えなければならない。 これがSpeed Graphic Press Cameraである。 |
このような経緯でジャズの写真を撮りだしたのが大学最終学年の1938年(昭和13年)で、卒業後はワシントンポストの広告部門に入るが、サンデー・ジャズコラムは続けた。1941年に新聞社を辞めて川向うのメリーランド州立大学の教壇に立つことになる。その間も写真は撮り続けていた。 戦後、ジャズ専門誌Downbeatに雇われて、ニューヨーク・ジャズクラブの記事を書き、1940年代末まで続く。およそ、この10年くらいの間のジャズ写真に価値があり、1979年になって写真集”The Golden Age of JAZZ”が出版されている。2006年4月23日に死去した。89歳だった。
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Herman Leonard(1923-2010) |
Gottliebに続いてジャズ写真を撮ったのがHerman Leonardである。丁度、Gottliebと入れ替わりといってよい。Herman Leonardはオハイオ大学のFine Artのphotographyの出身で、Gottliebとは違い写真の専門教育を受けた人間である。 1947年に大学を出てニューヨークでスタジオを開設し、フリーランスとしてニューヨークのジャズクラブで写真を撮り始めている。 Dexter Gordon, Charlie Parker, Dizzy Gillespie, Billie Holiday, Duke Ellington, Miles Davisなどが当時の被写体である。 |
ジャズ・レコードのプロデューサー、Norman Granzのレコードジャケット作りに協力し、1956年、マーロン・ブランドにおかかえ写真家として雇われ、極東への旅に出た。この時点で、彼のジャズ写真は終わっている。その帰りにパリに留まり、Playboyのヨーロッパ駐在員をしていた時期もある。 1989年にアメリカにもどり、ニューオリンズでの展覧会を機にニューオリンズが気に入って住んでいたが、2005年のハリケーン・カタリーナに家もスタジオもめちゃめちゃになった。8000枚の写真を含む財産が消えてしまったが、幸いにも写真の原板はニューオリンズのOgden Musiumに保管されていたので助かったという話である。カタリーナ以降はカリフォルニアに移り、2010年8月14日に死去した。 出版されている写真集は以下のものがある。
という超高級写真集が2010年、Herman Leonardが亡くなる前に40部作成された。10部が関係者用、2部が出版社用、残り28部が一般に$9,000で売りに出された。(2011/2/24) |