ジャズと雑学

(46) 歌声の響き(Timbro di voce)


Seiichi Furukawa(Baritone)

古川精一という武蔵野音楽大学声楽科出身のバリトンオペラ歌手(2期会)がいます。その声楽家が慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の奥出教授に連れられて赤坂のマヌエラにやってきました。

彼は奥出さんの研究室で博士過程の院生です。

ジャズの店でクラシックの歌手に出遭うのは実に珍しいことです。

「慕情」他をバリトンヴォイスで歌ってくれました。その豊かな声量と重厚な歌はマヌエラに響き渡りました。私にも歌えと言うので2曲ばかり歌いました。

私の歌を聴いて、古川さんは、

「すごい!XXXXXだ!」

「この声は500人に一人しかいない」

と目の色を変えて驚いています。言われた本人はちんぷんかんぷん???

わたしも学生時代はクラシック系の音楽をやっていたので、発声法も今とは違うものでした。平たく言うと「当てる発声」です。今ではジャズを歌うためにクルーニング唱法がベースになっています。いろいろな発声法を経験してきました。しかし、声の響かせ方は自然に身についたものがあるのかもしれません。

後日、古川さんのくれた解説です。

若山先生

あれは"Timbro"(ティンブロ:音色とか響きの意味)です!

よく「イタリアベルカントの声にはこのTimbroが要だ」といった表現をします。具体的には、鼻腔から頭蓋骨と副鼻腔に呼気圧によって送られた声の、うまく共鳴が共鳴腔と連鎖的にヒットしたベストな発声状態をいいます。声の中に、ピリピリチリチリといった響きが感じられるのが特徴です。

イタリアオペラを歌う歌手には必需品とみられています。イタリアでは"Timbro di voce"、直訳は「声の響き」ですが、具体的には前述のチリチリ響く共鳴腔と連鎖した声を指します。

バリトン古川精一

という難しい話です。彼の言っていることが理解できる人、あなたは声楽の理論家です。マヌエラで歌っているおじさん、おばさん、解りますか?わからねぇだろーなぁ。

かつて、私のジャズの師匠・沢田靖司が「歌の4要素とはメロディ、リズム、強弱、音色」と語ったことがありました。「音色」とは何だ?と聞くと「響きかなぁ、色気かなぁ?」と言います。この音色とか色気というのは、奇しくも古川さんのいう”Timbro”に通じることだと理解しました。

実はこの部分が一番難しいものだったのです。普通のプロ歌手は強弱までは勉強しているが、色気まで勉強している歌手は見かけたことがないと「歌の4要素のページ」で書いています。

いやー、面白い話になった。

その話を古川さんにしたところ、また、返信が来ました。

若山先生

Timbroをもっている人はお話したように、ほんとに稀なんです。若山先生は貴重だと思います。皆、このポイントを得るために必死に訓練します。イタリア人は比較的多くの人が持っています。

沢田さん知っています。3回ほど歌を拝聴しました。音楽の三要素(公立学校教科書に掲載)が「旋律、和音、拍子」です。歌はそれに「声」が重要な要素となります。さらにその「音色」のクオリティを追求したところに「声楽」があるわけです。

ダイヤモンドが、大きさと色透明度とカットで価値が決まるのと同様、声の音色(Timbro)は、ダイヤでいうところの「色透明度」に匹敵するでしょうか。声の宝石だと私は思っています。

齢70を越して、こんなことを初めて知りました。目からうろこです。何も意識して練習したわけでも何でもないのですが。僕らは声楽家ではありません。ジャズが歌いたいたくて音楽を勉強してきました。きれいな声で、美しい声で歌おうと考えたことも努力したこともありません。それでは何を考えて歌うのか?私の場合は、

聴く人に歌の内容をどうやって伝えるか(歌うか)を考えて来ました。声の良し悪しを考えたくない人間だったのです。

「いい声ですねぇ」と人に言われるのではなく、「いい歌ですねぇ」と人に言わせたい。

それが、わたしが歌いたい歌を書いてくれた人への恩返しとなります。これが私の本心なのです。ところが、結果的にいい声で歌ってしまっていたということです。参りました。修行がたりねぇ!

人の考えないようなことを考えながら歌う素人爺さんの歌を声楽家が聴いて「Timbroだ!」と言わせたというのが、この痛快な事件でした。

奥出教授、彼は12年前に「沢田先生にジャズボーカルを習いたい、紹介してほしい」とメールをしてきた男です。メールアドレスを見たら私の後輩だったのです。不思議な縁といわなくて何なんでしょう。(2014/8/12)


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