ジャズとコーラス |
(55) シェナンドー物語 Shenandoah | |
1800年代前半に歌われるようになったアメリカ民謡の”Shenandoah”という歌は、楽友会男声合唱の古典ともいえる特別の1曲です。この歌が懐かしくも今年のOSF男声合唱団のファミリー・コンサートで歌われることになりました。 2015年のOSF忘年会で、この歌の指揮者である佐々木高(ZZ)先輩から「かっぱぁ、Shenandoahのギター伴奏をやらないか?」とのお誘いがあった。すでに譜面まで準備されていた。懐かしい”Shenandoah”の譜面をもらって帰った。ギターなんて何十年も弾いていない。指先がふにゃふにゃで弦が押さえられない。指先が硬くなるまで少しずつ慣らしていくしかない。
OSFの先輩が、私をステージに引っ張り出そうとするアイディアだった。わたしはクラシカルな合唱が歌えなくなって久しい。生れも育ちも卑しいジャズを本気で歌うようになって、発声法が変わってしまったからだ。そんな後輩でも昔仲間として大事にしてくれる爺様たちの気持ちは何とも温かい。 多分、他の曲だったら「もう、弾けませんよ」と頭を下げたのかも知れないが、この歌はじつに悲しい歌なのだが、それ以上に心に響く物語がある。
アメリカ原住民はアメリカ・インデアンである。西部劇では、中西部の草原に住んでいることに決まっているのだが、もともと彼らはアパラチア山脈の麓など東部の豊かな土地に居住していたのだ。移民でどんどん増えてくる白人どもがインデアンを西部の居留地に追い払う政策を決めてしまった。彼らの土地を買い上げると称して、わずかな年金を払うことにして事実上は追い払ったのだ。 恵み多きシェナンドー河が流れるヴァージニア州に住んでいたインデアンたちも西部の遠い地に強制移住させられた。寒い真冬にその「遠い道」でどれだけのインデアンたちが死んでいったか。3分の一とか4分の一とかが死んでいったのだ。その悲しみが、この歌”Shenandoah”と重なるのである。
この歌を歌うと彼らの姿が目に浮かんでくるのだ。ボサッと聞いているだけでは、この歌の意味が分からない。あらためて、爵士楽堂流の訳詞を見てください。
私が一番大事にしているジャズ歌手、サリナ・ジョーンズは60年代半ばにアメリカの白人優越社会から逃げ出し、現在はロンドンに住んでいる。何と、彼女は白人を震え上がらせたスー族の戦士、White Horseの直系の子孫なのです。サリナはシェナンドーの流れるヴァージニア州の生まれです。 2010年代になって、Mills Brothersの後を継いでいるJohn Mills IIが黒人ミュージシャンへの不利な扱いに嫌気がさし、そのことを伝えてくる。2013年には「もう止める」と言ってきた。わたしにはJohnの言うことがよく分かる。「John、もう止めてもいいよ」・・・でも、その次の年の秋にJimmy Dorsey Orchestraのコンサートで歌うことになった。捨てる神もあれば拾う神もあるという事だ。(2016/11/18) 「原住民」という話が出て、「原住民の作詞作曲した歌」の話を是非お読みください。(後日追記) |
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