ジャズと雑学

(54) 六輔・巨泉相次いで死去


永 六輔(1933-2016) 大橋巨泉(1934-2016)

1960年代後半から1970年代ラジオ・テレビ全盛時代からの有名人、永六輔と大橋巨泉が相次いで亡くなった。この写真は2016年2月の「徹子の部屋」に揃って出演したときのものである。

永六輔は2016年7月7日に83歳で亡くなったが直接の死因は知らされていない。5年ほど前にパーキンソン病を発病している。坂本 九の「上を向いて歩こう」は誰もが知っているヒット曲だが、1959年に水原 弘が歌った「黒い花びら」はもう忘れられているのかもしれない。浅草のお寺の長男だが、先祖は江戸時代に中国から渡来した学僧である。

中村八大(1931-1992)とのコンビで粋なJ−Popsが生み出された。九ちゃんが歌って「六八九コンビ」と呼ばれた。九が御巣鷹山で亡くなり、八も61歳で早世し、六だけが長生きした。「スキヤキ」はビルボード誌のヒットチャート#1になったが、スティーブ・アレン司会のSteve Allen Showが九ちゃんを招待し、九ちゃんはこの番組に出演している。

大橋巨泉は「野球は巨人、司会は巨泉」で売り出した。金曜11PMは誰もが11時15分になると4チャンネルにダイヤルを合わせたものだ。それ以前はジャズ評論家として、レコードのライナーノーツなどもよく書いていた。昔は英語の題名の曲には邦題がつけられたものだ。なかなかの名訳もあるのだが、中には「誤訳」もあった。巨泉の有名な誤訳邦題は「帰ってくれたら嬉しいわ(You'd Be So Nice To Come Home To)」である。誤訳のまま有名になった。正しい訳は分かりますか?2016年7月12日に急性呼吸不全で82歳で死去、この11年間、ガンとの闘いであった。

永 六輔が亡くなったとき、病床にあった巨泉にはショックが強すぎるので、訃報は知らされなかったという。巨泉は六輔の死を知らずに死んでいった。最後に「遺言」と称して「安倍晋三に一泡吹かせて下さい」と呼びかけた。

お二人とも早稲田大学中退と仲がよい。中村八大は早稲田高等学院から文学部に進み卒業している。(2016/7/20)


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