歌とミュージシャンにまつわる話
Story of Songs and Musicians


(335) Paul Anka Diana


Paul Anka(1941‐ )

過日、ニール・セダカの記事を上げた。徹ちゃんが「ポール・アンカもね・・・」と言う。

このサイトは「ジャズにまつわる話」と謳って書き始めたHomePageで、ロックやオールディーズとは一線を画していた。でも、そういうジャンルの歌も50年、60年の歴史を刻んできた歌だ。

おまけに読者は、懐かしく喜んで読んでくれる。 

ポール・アンカの名前は、”My Way”のページで紹介されているのです。徹ちゃんは、このページを見ていなかったのです。20年以上前に書いた記事です。

フランス生まれの歌、”Comme d'habitude”に英語の歌詞をつけてシナトラの所に持って行った。なんて書いてありますが、”Diana”を吹き込んだ時のバックバンドはDon Costa楽団、ドン・コスタの編曲でした。Don Costa楽団は、シナトラが70年代にリプリーズから500曲を歌いなおしにレコーディングした時のバンドです。あとGordon Jenkins楽団とNelson Riddle楽団の3楽団です。私が想像するところは、Don Costaがシナトラに歌わせたと思っています。

そうでなかったら、シナトラは「人生を振り返る歌」を歌おうとはしなかったと思います。”It Was A Very Good Year”なんて歌を既に歌っているのです。

1957年、ポール・アンカは16歳の時に”Diana”を書きデビューしました。われわれ高校生は大興奮でした。面白い想い出があります。高校3年の修学旅行は18クラス900人が北海道旅行しました。我々の乗る列車は臨時列車で、ダイヤの隙間を走るのです。名も知らない田舎の停車場に30分も止まっていたりします。札幌のすすき野の辺りに「ジャズ喫茶」があり、われわれで占拠してしまいました。銀座のアシベ風のジャズ喫茶でした。同級生の佐野功太郎が「わかやま、歌え・・」でステージに上がり、歌ったのが”Diana”でした。バンドはハワイアンバンドっだった記憶です。63年前の話です。

”You Are My Destiny”、”Crazy Love”、”Put Your Head On My Sholder”までは、B6版の歌本で追っかけていましたね。

1971年、ラスベガスに行きました。シーザーズ・パレスでPaul Ankaのショーがありました。丁度、30歳になる所です。若いのにベテランジャズ歌手風に歌いました。私は「ピンキーが越路吹雪の真似をしている」ような奇異な雰囲気を味わいました。「ポールあかん」

 

https://youtu.be/odRDHvip1IU

 

https://youtu.be/uQNsvUXt130

(2021/11/4)


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