ジャズと歴史にまつわる話

ジャズとパトロン Nica de Koenigswarter

音楽のパトロンと言えば、2,3世紀前のヨーロッパの貴族たちがお抱えの音楽家に自分のための曲を書かせたり演奏させたりする話はよくあります。絵描きのパトロンもしていました。写真がない時代、肖像画を描かせるためです。しかし、20世紀以降は当時のようなパトロンを探しても見当たりません。

それがジャズの世界にパトロンがいたのです。驚きに値する話です。


Chirlie Parker(1920-1955)

イギリスの銀行家Rothschild家に生まれたKathleen Annie Pannonica Rothschildは1935年にフランスの外交官男爵と結婚し、The Baroness Pannonica de Koenigswarter となりました。メキシコに赴任するのですが、メキシコ生活が退屈で気に入らず1951年に別居して、ニューヨーク5番街のStanhope Hotelのスイートルームを住まいにします。Nicaは彼女のニックネームです。

そこに当時のパイオニア的ミュージシャンを集めて、ジャムセッションを開いていたと言う話です。特にセロニアス・モンクとチャーリー・パーカーのパトロンとして有名で「Bebop Baroness(ビバップ男爵夫人)」と呼ばれるようになります。

チャーリー・パーカーがトミー・ドーシーのテレビを見ながら死んだ話は有名ですが、Nicaの部屋で吐血して死んだのです。パーカーが死んで、このホテルから出ることになり、Bolivarホテルに移ります。数年後、夜中のジャムセッションが問題となり、ハドソン川沿いのニュージャージーに家を買って引越しします。


Nica de Koenigswarter(1913-1988)
and Thelonious Monk

Sonny Clarkの"Nica"、Horace Silverの"Nica's Dream"、Thelonious Monkの"Pannonica" などは彼女のために書かれた曲です。そのほかにもGigi Gryceの"Nica's Tempo"、Kenny Dorhamの"Tonica"、Kenny Drewの"Blues for Nica"、Freddie Reddの"Nica Steps Out"、Barry Harrisの"Inca"、Tommy Flanaganの"Thelonica"があります。

モンクとの付き合いは、パリでの"Salon du Jazz 1954"に始まります。モンクの初の海外公演です。共通の知人のピアニストが紹介したものです。

モンクも1970年代になって演奏が出来なくなってからは、Nicaのニュージャージーの家に家族で引き取られて、奥さんのNellieが世話をしていましたが、1982年に死んでいきます。

チャーリー・パーカーもセロニアス・モンクもNicaの家で死んだのです。嘘のような本当の話なのです。Nica自身はモンクの6年後に亡くなります。没年が1990年という記載もありますが、74歳という齢からすると88年のようです。

町田にNica'sというジャズカフェがあります。このNica夫人からとった店の名前です。このページを書いた事を知らせたところ、オーナーからの返事で、現在はニュージャージーのNicaの家にはピアニストでバップの生き残りとも言われるBarry Harrisが住み続けているとのことです。(1998/10)


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