歌と歌手にまつわる話

(71) ビリー・ホリデーを偲ばせる Strange Fruit

"Lady Day at Emerson's Bar & Grill"というビリーの歌と晩年の話を綴った小さなミュージカル作品が2001年にLanie Robertsonによって書かれました。 それにKim Zombikという歌手が主役に抜擢されました。

 舞台はフィラデルフィアの小さなバーEmerson's Bar & Grillはいまはもうない。
1959年3月のある夜、ビリー・ホリデーの人生が終わりにさしかかっている。

ビリーは1959年7月17日、44歳でその生涯を閉じた。50年代の終わりのジャズクラブ、シンプルなステージの脇にいくつかのテーブル。 

ステージはそんな想定です。


Kim Zombik acts Billie Hpliday
LloydG.Mayers(P) & Paul Brown(B)

キム・ゾンビックの優れた歌唱力と演技力は、酒に酔いドラッグに蝕まれたビリー・ホリデーを蘇らせてしまったのです。ビリーは唄い、そして語り続けます。自分の両親、ルイ・アームストロング、ブルースの女帝ベッシー・スミス、彼女にLady Dayというニックネームをつけたレスター・ヤング、フレッチャー・ヘンダーソン、アーティ・ショーなどの名前が、曲の合間々々の語りの中に出てくるのです。顔も声もビリーになりきっています。

ビリーがいつも長袖の服を着たり、長い手袋をしていたのは、注射針の跡を隠すためだったのです。

ビリーはベッシー・スミスのブルースを引き継いだ歌手と言われますが、「ベッシーはブルース歌手、わたしはブルースのスピリットを持ったジャズ歌手」と言っています。

ビリーが"Strange Fruit"を唄い、人種差別に真っ向から立ち向かった話は有名な話ですが、この歌を歌い終わると「ジミ−、わたしもう唄えない!」と舞台を降り第一幕が終わりとなります。実際、この歌がレコーディングされたとき、レコードの発売をさせないような圧力がかかったと言います。

"Strange Fruit"はリンチに会って殺された黒人が木につるされ、奇妙な果実がぶら下がっている情景を唄った黒人の怒りと嘆きを唄う人種差別に対する抗議の歌なのです。1940年にLewis Allenが書きました。想像できないほどの勇気が必要だったと思います。当時も、大変な社会的反響を巻き起こしました。

アメリカを代表するバス歌手、ポール・ロブスンも毅然として人種差別と闘った歌手の一人です。

珍しく感動的なすばらしいミュージカル・ライブでした。目下、アメリカではこのミュージカルが東部でヒット中で、何人かの歌手がビリー・ホリデー役を演じ、あちらこちらの劇場で上演されています。やっぱり、あちらではビリー・ホリデーの名前はそれだけの客を惹きつけるのです。日本ではお寂しい限りですね。(2002.9)

このサイトの顧問的存在、志保澤留里子さんは各ページを見てはいろいろな情報をくれます。今度もこのページを見てさっそく貴重な情報を教えてくれました。

すでに同名のタイトルで1980年代にoff−BroardwayにかかっていてLoretta Mckeeがビリー・ホリデーを演じているというチラシを見たことがあるそうです。また、90年か91年にシアターTV赤坂でちあきなおみ主演の日本語版が上演されました。それがまた素晴らしかったのだそうです。何かわかるような気がします。

そういうわけで、今回の芝居はおそらくはLanie Robertsonが書き直したリバイバル版ではないかと思います。

志保澤さんのCafe が高田馬場にあります。

 

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