ジャズと歴史にまつわる話

J.A.T.P.(Jazz At The Philharmonic)と石井 一

大政治家の石井 一氏がマヌエラにやって来ました。All of Me Clubの金城さんに「Jazzが歌える店に連れて行け」と言い、金ちゃんは、今晩、2014年10月4日に石井さんをマヌエラに突然連れて現れました。丁度、今日から「サウンド・クルージング港2014」が始まりました。

新聞やテレビで見慣れた元大臣です。今年、80歳だといいますが元気はつらつのおじいちゃんです。

この店が気に入ったと、”All of Me”と”My Way”を朗々と歌われました。スタンフォードの大学院出身ですから英語もお得意です。

本年4月に旭日大綬章を受章されたのですが、11月に開かれる「受章記念感謝の集い」に招待されてしまいました。
 

古い話が出てきました。JATPが日本にやってきたのは1953年で、日劇でコンサートがありました。私は中学1年生の頃です。もちろん、そんなことこれっぽちも知らない頃です。石井さんは18歳のときだったといいます。JATPはレコード・プロデューサーで名高いNorman Granz(1918-2001)が1944年に初めてロサンゼルスのThe Philharmonic Auditoriumでジャズ・コンサートを開き、そのライブ録音を”Jazz at the Philharmonic”というタイトルをつけてレコードにしました。この頭文字をとってJATPというシリーズのレコードが売り出されました。

1953年に日本にやってきたのは、オスカー・ピーターソン・トリオ、ジーン・クルーパ・トリオ、エラフィッツ・ジェラルドらです。JATPを日本に呼んだのは日本マーキュリーですが、前身は兵庫県のタイヘイレコードという会社です。その社長は石井廣治という人物ですが、石井 一さんはその長男ということです。

石井元大臣がJazz通だという話にはうなづけます。


Norman Granz

日本音楽家協会の会長をしていましたが2012年に資金流用事件があり、協会は破産宣告という目にあいました。亡くなったゲソ爺や世良爺も役員をやっていたことがあると思います。それにも懲りず、ジャズミュージシャンの全国的な組織を再編し力になりたいと話しておられる。


Little MANUELA  2014/10/4

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古いレコード

JATPでもうひとつJATTを思い出しませんか?別ページで書いておきましょう。いつか。(2014/10/4)

書きました。⇒ JATT ジョージ川口とビッグフォア
 


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