ジャズと歴史にまつわる話
History of Jazz

訃報 瀬川昌久


Masahisha Segawa(1924-2021 )

日本ジャズ界最長老のジャズ評論家、瀬川昌久先生が、本日、2021年12月29日午後3時54分に肺炎のためご逝去されました。享年97歳でした。中川ヨウからの知らせです。「骨折されて以来ベッドでの生活になられたのですが、最後までお優しく、頭脳明晰で、さまざまなご指導をいただきました」と。

ジャズ・ミュージシャンの親睦団体「日本楽友会」の副会長としても、お世話いただきました。歳に不足はありませんが、残念です。

謹んでご報告いたします。R.I.P.

(2021/12/29)

葬儀は密葬にて年明けに行うそうです。皆様には後日、「偲ぶ会」を企画いたしますので、その節はよろしくとのことです。

(12/30)

オージーサンズを初めて聴く

遡れば、2002年の東京都社会人ビッグバンド連盟のコンサートにOZSONSがゲストで呼ばれた時、司会者が瀬川先生でした。これが最初の共通のステージでした。

「君たちはPied Pipersのようなサウンドをしていた」とうれしい感想だった。それは、われわれのシグネチュアソングとでも言うべき”I'll Never Smile Again”を歌ったからです。


23rd. Swing Is Here! Concert, June 2, 2002

演奏曲目は以下のとおりです。
・My Favorite Thing (鈴木史子)
・Someone To Watch Over Me (鈴木史子)
・Until I Met You/Satin Doll (Ozsons+鈴木史子)
・Let's Fall In Love (Ozsons+鈴木史子)
・I'll Never Smile Again (Ozsons)
アンコールに応えて、
・A Lovely Way To Spend An Evening (Ozsons+鈴木史子)
伴奏はBig Wing Jazz Orchesra+大原江里子(ピアノ)

マヌエラさんを囲む会


マヌエラさんを囲んで,2002

今は亡きマヌエラさんの著書「上海ラプソディー」の校閲者は瀬川さんで、「マヌエラさんを迎えて」には出席されました。(2002/7/13)

パーティでダンス


Dancing Segawa

帝国ホテルで開催されるリトル・マヌエラの5年毎の周年パーティには、ほとんど常連です。上の写真はそのパーティでのダンシング瀬川さんです。(2006/5/28)

ブルーコーツの70年

比較的新しい本「ジャズに情熱をかけた男たち−ブルーコーツの70年」2004を執筆する時、ブルーコーツのメンバーだった小島正雄さんの写真が欲しいと電話がかかってきました。それで、小島 恂に話をして、親爺さんの古い写真を挿入したのです。(2013/4/11)

オージーサンズ・コンサート


瀬川先生   わかG   中川ヨウ

最初で最後のオージーサンズのコンサートにはご招待です。喜んで聴きにいらっしゃいました。コンサートも終わり、草月ホール・ロビーで一緒にパチリ。(2013/6/15)

日本楽友会総会・懇親会 2016


日本楽友会懇親会 2016/7/3 All of Me Club

毎年、開催していたNGK懇親会が2020年、2021年とコロナ禍で開催できなかったのは淋しいことでした。

原田イサムジャズ大賞


石井  一氏         原田イサム氏


瀬川昌久副会長     原田イサム会長     池貝政俊理事長

日本楽友会会長の原田イサムさんが「ジャズ大賞」を受賞されました。授賞式での楽友会3役です。最後の写真になりました。(2019/11/10)

(2021/12/30)

リンク

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