歌と歌手にまつわる話

(17)  I Left My Heart In San Francisco に2番の歌詞を見つけたりEnglish version   
トニー・ベネットの1962年の看板ソングですが、カーメン・マックレーのレコード(Carmen McRae "Song Time")に2番の歌詞がありました。もともとはありません。カーメンの作詞になるものと思います。あの人は若い頃、ソングライターだったのですからありうる話です。16歳のとき、ビリー・ホリデーのために"Dream of Life"という歌を書いています。

"I took a trip left San Francisco"と歌い出すのです。大方の人がこの歌詞は聞いていないと思います。お勧めです。

この歌をレパートリーにしている方、憶えると気持ちいいですよ。

長い間、間違いのまま過ぎてしまいました。モンカーさんが上記のカーメンのアルバムが間違いと書き込みをしてくださいました(2004.3.19)。爵士樂堂の勘違いで、"Live in Bubba's"と書いてあったのです。みなさん、失礼しました。唄いだしの歌詞も、うっかり"left"を"from"と書いてありました。これも修正です。

(18) トニー・ベネットはジャズ歌手か?


Tony Bennett(1926- )
トニー・ベネットはコンサートのときに必ずこう言います。「わたしはアメリカの"Popular Singer"です。これから皆さんにお聴かせしたい"American Songs"を唄います」と。

彼自身はジャズ・シンガーだとはいいません。シナトラの周囲のシンガーはジャズシンガーと呼ばれる人はいません。

サミー・デイヴィスJr.もディーン・マーチンも。しかし、この人たちは何シンガーでもかまいません。何かの範疇にはめ込もうとするのは日本人の悪い癖です。何でも分類したがる人が多いです。なに、アメリカ人にもそういうところがあるようです。

シナトラをして「金を払って聴きたい歌手はトニー・ベネット」と言わしめた話は有名です。

2000年は彼のデビュー50周年、節目の年です。

そのポップシンガーのトニー・ベネットをジャズ歌手に育てた人がRalph Sharonでした。2000年のサントリーホールが最後のステージでしたが、その後も元気で91歳まで長生きし2015年4月に天寿を全うしました。 ⇒ 訃報

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