ジャズと雑学

(18) ジャズは囲碁に似たり
赤坂見附のリトル・マヌエラでお仲間の久保田さんが先日「囲碁の定石」の解説書を持ってきました。最近、囲碁を再勉強しようと思ったのだそうです。

わたしの父は囲碁好きでした。門前の小僧は小さな頃から側で見ていましたので憶えてしまいました。父は六段の免状を持っていましたから相当強いと言ってよいでしょう。わたしは能書きくらいしか知りませんが、囲碁の心は結構わかるのです。

囲碁には「定石」とよばれる、ある限られた局面での「最適な手順」というものがあります。互いに最適な手を選べば、双方は五分の分かれになるわけです。碁盤全体ではこのような局面が入り組んでいるわけですから、どのような定石を選択するかで全体に対する働きが変わってきますから、上手な人はその場その場で「最適な定石」を使うことが出来ます。

しかし、このような定石を崩した手を碁打ちは使ってくるわけです。たとえば、欲張った手を打ってきたりするのです。相手が、この無理な手を咎めることが出来ないとまんまとその手にはまってしまうのです。このようなやり取りが面白いところとなります。

ジャズにも定石とも言うべき、作曲家の書いた元の譜面があります。アドリブではこれを崩す(fake)のです。めちゃくちゃな崩しは聴くに堪えません。センスの良い崩しは新鮮に聞こえるでしょう。さっきと同じ崩しをしたのではつまらないでしょう。始めの崩しと後の崩しとの対照とかバランスがあると聴いている方は「ウーン」と唸るわけです。

ジャズの演奏を聞いていればすぐわかることですが、最初のワンコーラスはもとのメロディを演奏しますよね。その後は、アドリブに入っていくわけです。「この曲って何だったっけ?」って思うことありますよね。何コーラスかやって、また、元のメロディが登場してきます。

歌の場合でも同じような構成をとることが出来ます。2コーラス唄うのであれば、同じことを2回繰り返して唄うのは野暮ったくなります。先ずは定石で唄い、つぎにアドリブで唄うのです。

囲碁では「定石を勉強し、定石を忘れよ」という言葉があります。ジャズ・ボーカルも同じですね。定石だけではつまらなくなってくるのです。基本は大切ですが、基本だけではなく応用技術を持ってはじめて現実への対応が可能となるのです。


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