ジャズと歴史にまつわる話

ニューヨークのジャズ English version by Mariko Ukawa


Thomas Fats Waller

(1904-1943) 

 

James Fletcher Henderson

(1897-1952)

 

George Gershwin

(1898-1937)


アメリカ最大の都会ニューヨークでも1910年代の終わりころにジャズの芽生えがありました。ラグタイム・ピアノにブルースを混ぜた奏法が生まれてきました。ストライド奏法といって左手が「ぶんちゃ、ぶんちゃ」ってやるやつです。

20年代にはいって、この奏法で名を挙げたのがデブのワラーことFats Wallerです。ピアノの弾き語りの元祖といわれます。最大のハーレム・ピアニストだったのです。”I'm Gonna Sit Right Down And Write Myself A Letter”をヒットさせました。

ニューヨークでは、1920年代の初めから半ばにかけてフレッチャー・ヘンダーソンの楽団がいわゆるビッグ・バンドのスタイルを確立しました。かつて、ルイ・アームストロングもコールマン・ホーキンスもフレッチャー楽団のメンバーだったのです。

一方、1924年、ジョージ・ガーシュインがはじめてジャズ・コンサートをニューヨークで行いました。ラプソディ・イン・ブルーが演奏されたのです。ジャズが演奏会の形式で行われた最初の試みでした。クラシック音楽にジャズが影響を与えるようになった歴史的な出来事だったのです。

 


Cotton Club
1922年にハーレムにはコットン・クラブという有名な高級クラブが出来ました。黒人のジャズを白人たちが聴きに来ました。1927年、デューク・エリントンのバンドがここの専属バンドとなりました。写真は30年代終わりころのブロードウェーに移ってからものと思われます。

はじめ、ハウス・バンドの話しがキング・オリバーに掛けられましたが、お金のことで折り合いがつかずオリバーは断ってしまいました。

それで、エリントン・バンドがハウス・バンドになり一大名声を築く礎となるのは皮肉です。1940年には無くなりました。

 

Duke Ellington(1899-1974) at Cotton Club
コットン・クラブからつぎつぎと新しく作られた曲が世に出ていきました。
・Between the Devil and the Deep Blue Sea
・I've Got The World On a String
・Stormy Wather
・Don't Worry 'bout Me
などは初期の頃に紹介された歌です。

80年代に西125番街656番地に同名のクラブが出来ましたがオリジナルではありません。ブルース、ジャズ、ゴスペルなどやっています。チャージは1500円から3000円程度です。毎晩、HOTなショーがあります。(1998/10)


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