しょうちゃんの繰り言


引越の日

例え借家だとしても通常私たちが引越を決定する場合、前もって家賃や間取等を何度も検討し、該当する物件の中から慎重に選ぶ。また新居の場所も安全を考慮した大事な判断要素になる。いずれにせよ自分の収入と家族構成を基本にした選択をするのは当たり前のことだろう。

対象が商売用の店舗にしても家賃や店舗の広さは経済的整合性が長期にわたり見通せて、かつ適切な場所でなければ普通選ぶことはない。ただ、借家でも店舗でも引越が決まった後で家賃や間取りにクレームを付けることはあり得ない。こういった取り組みは大人の当たり前の判断で、中央市場の移転でも借り手の基本姿勢は変わらない筈だが現実は少し違うようだ。

東京中央卸売市場(築地市場)は新設の豊洲市場へ、今年(2016年)11月7日に移転することが決まっていたが、新しく選ばれた知事によって8月末に突然白紙に戻された。その最大の理由は「豊洲市場の安全性に問題がある」という説明だった。つい最近発表された知事の見通しによると、移転は最低1年間延期され、場合によっては2年間の延期になるという。さらに豊洲の安全性が確認されない場合は、移転しないで築地を改修して利用する案もあり得るとの話だった。都庁では知事の指示によりその検討も始めたという。

もしこの知事の判断が正しいとしたら、11月7日の移転決定は全く無意味だったことになり、関わった歴代の知事及びこのプロジェクトを進めて来た幹部職員は責任を取るべきだろう。まして市場が築地に残る選択がなされたら、巨額の都税をつぎ込んだ豊洲での無駄遣いは関連した責任者達の給料・退職金返上程度で済まされる話ではない。

関係者が多数いる場合、何事を決めるにも簡単に全員の同意が得られることはまずない。特に長く商売を続け、世界的にも知名度の上がった場所(築地)から豊洲への移転を纏めるのに大変な苦労があったことは容易に察しがつく。まして費用の掛かる移転には反対する業者がいたことも想像出来て、関係者の間でも新知事の問題提起を歓迎する人たちは少なくない。部外者から見れば大筋が決まった後の移転反対を正論として取り上げるのには違和感を覚える。

現在の築地市場は老朽化(災害時の安全性)と衛生上の問題から、立て替え若しくは移転が随分前から検討されていたという。有害なアスベストが残った古い建造物(築80年)やネズミの大量発生の問題、それに荷物運搬用トラック等の排気ガスや外気に対して開放的な市場は、特に高温多湿の夏場にも生魚を扱う店舗として、世界的にも例外とされるほど劣悪な環境だと関係者がテレビで証言していた。現市場(築地)を存続させた上での建て替えも技術的・経済的に難しいという結論が既に出ていたらしい。その結果、新しい市場は代替地の選択から始まり関係者が何年も掛けて検討して出来上がった。それが豊洲市場で、そこへの移転は2014年末時点で今年11月7日と決めていた。

移転問題の障害となった肝心の安全性について考えてみると、土壌汚染対策として現実には豊洲市場全体の約三分の二に4.5メートルの厚さで盛土がされ、建物の地下にあたる残りの約三分の一には盛土がされてないという。この盛土がされてない部分を取り上げて安全性の問題が提起されているが、これは果たして科学的根拠のある主張だろうか。

逆に全体に盛土をしても三分の一にあたる建物の下は埋めた量の盛土を又掘り返さなければ建物は建たないらしい。この盛土されてない地下空間がある為、建物の脆弱性や安全への危険性を唱えるマスコミや評論家がいたが、この意見は単なる素人の根拠ない懸念でしかないそうだ。ある程度の建物になると排水・配電・ガス管等の工事とメンテナンス及び地下に湧き出る水の排出等の為に地下空間は必要なものらしい。もちろん建物の強度には何ら影響はないそうだ。

また、コンクリートで遮断された市場の床は地下の汚染水で浸食される危険はあり得ないという。京都大学及び名古屋工業大学の教授(建築専門)が署名付きで現在の豊洲の安全性をこのように訴えていた。

この豊洲市場の敷地には200本以上の観測用のパイプが埋められていて、パイプから出てくる廃水や排ガスの検査を定期的に実施しているそうだ。過去7回までは全て基準値以下の数字だったという。8回目に基準値の1.4倍、1.7倍の地下水が二か所で観測され、水銀ガスは基準値の7倍を一か所で観測したという報道が最近見られた(基準を越したのはこの三か所のみ)。ちなみに地下水の基準は飲み水をベースとしたもので、この観測された数値なら下水にそのまま流しても何ら問題はないそうだ。又、建物外で観測された水銀ガスも空気中に拡散し、この濃度ならそのまま放置していても何ら人体に影響はないという専門家の解説だった。

更に前述したように新市場の床はコンクリートで地下水から遮断されていて、有毒ガスも新市場に入り込むことは物理的にあり得ないそうだ。つまり今程度の地下水やガスなら何ら市場の生鮮食品に悪影響を与える可能性は無いという。

それでも新知事は来年の1月に実施される9回目の最終結果を待って結論を出すと都民に説明しているが、移転が遅れたための無駄なコストに対してどういう責任を取るつもりなのだろう。年間50億円程度の遅延による損害が出ると報道されていて、これが2年遅れると100億になり、万が一豊洲市場を使用しない場合はつぎ込んだ5800億円という巨額の建設費用は無駄になる。友人が言うように、あらゆる分野でゼロリスクを求める風潮に迎合する新知事の、「都民ファースト」精神の本質が良く見える。

前任の知事達や都の担当者及び築地の関係者が何年も掛かって作り上げ実施した計画を、不確かな計量化されてない「安全」という言葉だけを根拠に、年単位で突然移転の引き伸ばしをやるのは理解に苦しむ。

もし彼女が言うように都政には「ブラックボックス」があって、業者との癒着もあるのなら、この問題は市場の安全性とは切り離して、時間を掛け後ほど解明すればいい。

三か所にのぼるオリンピック会場の変更問題も、元々誰かが恣意的に決められたことでもないだろう。それぞれの関係者が時間を掛けて積み上げて来た成果を、何かが隠されているかのような物言いでぶち壊すのは関係者にとっても失礼な話だ。ここでも万が一不明朗なことがあれば時間を掛けて後ほど検証すればいいだけの話だ。

「誰かさんファースト」・「安全ファースト」という物言いには、そろそろ都民も国民も飽きたのではなかろうか。それに「東京オリンピック」という見出しになっているが、これは東京都だけで経費を含めて自己完結する事業ではない。国も国民も全てが参加することを忘れて貰っては困る。

また、前任知事時代に決めたオリンピック・ボランティアの制服も彼女のお気に召さないようで、その変更も勝手に決めていた。今から製作するのなら異論を挟んでも構わないが、既にスタートしているものを変えるのには大いに違和感を覚える。

東京都という大きな自治体の事業には多数の人が関わり、その具体化には専門家も参加している。もし都庁内の意思疎通に問題があるのなら、ガヴァナンスを内部でしっかり構築すればいい。「都庁内のガヴァナンス」・「立地及び建物の安全性」・「都議会の意思決定におけるブラックボックス」、それに付随する「利権構造の可能性」等を全て一緒にして語るから問題をややこしくしている。

本当に豊洲は言われているほど安全性に問題があるのだろうか。都知事の移転ストップ指令で「風評被害」が一気に拡大したことも覚えていて欲しい。

何事にも「“専門家委員会”・“第三者委員会”の結論を待って判断を下す」というのが新知事のお決まりの手法だが、それで知事が勤まるのなら誰でも出来る。この言い方は言質を取られない為の政治家の常套手段で、この手法にも都民はそろそろ飽きてきているようだ。それに専門家や第三者委員の選定基準もオープンにしないと知事主導の「ブラックボックス」と揶揄されかねない。

口の悪い友人が言っていた。

「この女性知事はパフォーマンスでのし上がってきた政治家の典型的な例だ。対立軸を目立たせ、自分を改革者として売り込む手法を多用してきた。時の権力者への密着度は臆面もなく、細川新党の波に乗って政界に進出し、彼が失脚した後は小沢について行った。その後人気絶頂の自民党小泉政権に自分を売り込み、郵政民営化を旗印に小泉が解散した時は刺客として神戸から東京へ選挙区を変えた。手製の弁当を首相に届けたのもその頃だったと覚えている。弁当か刺客の功績かどうかは分からないが大臣の座も射止め、続く安倍政権への食い込みも抜かりなかった。だが、第二次安倍内閣誕生の時判断を誤って石破に鞍替えした。従って安倍政権下では彼女の出番は全く無くなっていた。

上昇志向の強い彼女は舛添の挫折を好機と捉え、自民党から都知事選に出馬したが党が公認を出さなかった。あらゆる選挙中の行動をテレビに撮らせ、マスコミを最大限に利用したいきさつは都民が見ていたとおりだ。自民党内に彼女を評価する声が上がらないのは、いつものあざとい手法が仲間から嫌われたからだろう。政治理念や信条に見るべき一貫性があれば自民党から賛同者が出ていい筈だが、誰も手を挙げない。現状は“都民ファースト”で選挙に勝ったから彼らは今静観しているだけだ。取り敢えず時流に乗っていても、今後の展開次第では“自分ファースト”の本質が都民にも見破られるかもしれんぞ」

彼女に批判的な友人は相変わらず辛口な評価を続けているが、私も似たような感想しか持ってない。「私が始めたクールビズ」と未だに機会あるごとに彼女は繰り返している。実態は、民間では40年も前から鉄鋼会社は夏場の「ノー・ネクタイ」運動を始めていたし、背広も半袖にした当時の羽田首相を覚えている人は多いだろう。横浜市も以前から取り組んでいた。この運動は彼女が始めたわけではない。

都知事選に出馬した時「都議会を解散します」と都民に約束した件や、「ブラックボックス」と都民に訴えた例でも分かるように、彼女には鮮明な対立軸を示すことで選挙民を取り込んでいる。友人が指摘したとおりだ。大きな改革の為の手段なら容認出来なくもないが、果たして彼女にそれが可能だろうか。改革には賛同者が必要だが、その為には時を超えた理念や信条が必要になる。日頃の言動が試されるのは世の常で、選挙民向けのパフォーマンスだけでは、かつての仲間・自民党国会議員や都議会も都の職員なかなかついて来ない。

周りに「あざとい」と思われない主張や生き方をしない限りブラックボックスの蓋も開かないのではないだろうか。友人に言わせれば「孤軍奮闘に見せかけるのも作戦の内」ということになるが、彼の言い方では身も蓋も無い。

判断を誤れば自分の報酬を半額にした程度では収まりきらない都民の税金が無駄になる。
パフォーマンスはほどほどにして、都民としては引越の日の早からんことを願うだけだ。

草野章二
平成28年11月23日