しょうちゃんの繰り言


ルールに従ってますので

現在住んでいる東京の郊外でも桜の時期は既に終わり、今はかみさんの植えた各種プランターの花がそれぞれの順番で咲いている。「花を植えている時が一番幸せ」という彼女の言葉を素直に評価出来ないのは私の性格が悪いせいだろう。暇にまかせて朝から余計な邪推をしている時、例の友人から「貰い物だが、食料を今から届ける」と電話があり、一方的に話し終わるとこちらの都合も聞かないで切ってしまった。毎度のことだった。

奥さんに食料の入ったキャリーバッグを引かせて友人が我が家に着いたのは丁度昼頃で、重たいのに米まで入っていた。珍しい柑橘類もあって運ぶには大変だったろうと思われる。昼食に用意してあった蕎麦を茹でて出したら大変喜んでくれた。知人が送ってくれた蕎麦で歯の悪い私には少し腰があり過ぎたが、友人はいたく気に入ってくれた。山形の蕎麦だったが、彼に言わせると素朴で“大人の味”だと評価していた。

夕食の準備は女性達に任せてコーヒーを飲みながら午後のひと時、賢人(老人)同士のいつもの放談が始まった。

「旅費もホテル代も異常に高く、更に湯河原の別荘通いに公用車を毎週使えば納税者の非難は当たり前だと思われるが、この男は“ルールに従ってますので”と弁解していた。“ルールに従っている。何も問題無い”と強弁するのなら、旅費もホテル代も厳密に都の規定通りに従って初めて出来る納得のいく説明だろう。この男のやることは相変わらず品が無いな」

と、最近巷で話題になっている都知事の話を振ってきた。

「人としての品性に欠ける人間の共通点は、辻褄を合せておけば問題ないと思い込んでいるとこにある。まして“トップ・リーダー”と自からを称しているのであれば、少なくとも説得力のある言葉で説明して欲しい。彼のたった一回の外遊飛行機代で一年間暮らしている俺たち夫婦から見ればとても容認する訳にはいかん。それに彼が使った一晩のホテル代が我が家庭の家賃を含めた一ヶ月の経費と同じだとかみさんがため息をついた時、怒りを覚えたね。あの問題になっている巨額な費用は俺たち都民が払った税金が原資になっている。リーダーの素質で一番大事なのは自己犠牲だと思っている俺の基準からは、この男は完全に外れているね」

取引先の不条理な扱いの結果、家まで処分して税金を納めた彼から見れば、確かに腹立たしいことだろう。主張は個人的な怒りの発言か正論かは定かでないが、聞いてみよう。

「難関と言われている試験に受かるには特別な才能は要らない。いつも言っていることだが、正解のある問題を解くには特殊な能力は求められてないし、丹念に準備すればいいだけの話だ。これも人間の能力を計る一手段かもしれないが、日本式のこの方法では限界があることもそろそろ知るべきだろう。ペーパー・テストで選ばれたかつての軍の幹部や戦後の官僚の成果を見れば、志を持った選良とは看做し難いことが多かった。まして入った時の成績の順位が一生付き纏う組織なんか活性化する訳がない」

これは何時もの彼の持論だ。

「世間では難しいとされている学校や試験に受かるとすぐに優秀と評価する傾向がある。この知事を都民が選んだのも、彼の経歴のせいだろう。何度も言ってきたように、ペーパー・テストでの序列は断じて若者の全人格的な能力を正確に現わすものではない。弁護士を始めとした法曹界のお粗末な不祥事は未だなお跡を絶たないし、医師も毎年のように問題を起こしている。キャリヤー官僚にも相応しくない人間は幾らでもいる。ただ、彼らも難しいと言われている試験に受かって来た事実は残っている。だが、経歴や肩書を根拠として世間で認めても、元々志の低い人間には多くは期待出来ないだろう。また、選挙民が選んだとしても、相応しくない人間が相応しくない場所に居る例は今の国会を見ても明らかだ。

随筆家の山本夏彦氏は“賄賂を貰わない人間は居ない。貰った人間を非難するのは貰ったことの無い連中だけだ”と過激な発言をしていたが、結果として思い当たることの方が多いね」

と言って友人はニヤリと笑い、さらに続けた。

「皮肉屋の山本夏彦氏に倣って決め付ければ、ファースト・クラスの飛行機やホテルのスイート・ルームを利用出来ない人間が騒いでいるだけで、自分の懐を痛めないで利用出来る立場の人間なら幾らでも利用するのだろう。中国でも共産党の幹部が日本では考えられない様な巨額の金を不正に溜め込んで問題になっている。極めて例外的な犯罪ならいざ知らず、幹部から摘発される人間が今でも続出している。共産主義は理念として資産の平等な配分を謳っている筈だが、賄賂の前では主義も主張も関係ないことがこれを見ても良く分かる。党の幹部を務めていて自分の裁量で私腹を肥やすことが出来た彼らは、臆面も無く手を出した。彼国には建前での発言はともかく、品性に欠けることが多過ぎる。歴史の捏造など当たり前で、21世紀の今日でも軍事力と経済力を盾に海外に向けて一人前の顔をしている。国民の監視が行き届かないとこういうことになり易い。情けないことに、こういう国に与する知識人や新聞社もわが国にはまだ存在する。

彼らの金額に比べれば問題になっている都知事の出費などまだかわいいものだが、“ルールに従っている”と言い訳する姿勢は正にお勉強の出来た小物(秀才)の証明で、東日本大震災の復興予算に屁理屈付けて群がった小役人の根性に通じるものがある。ただ、大金か小銭かはこの際関係が無く、役人は税金という公金を扱う職業だ。そのトップに事業で成功した成り上がり程度の感覚で飛行機やホテルを自腹が傷まないからと選んでいたのでは、彼の日頃の高邁(?)な政治哲学に反するのではないか。それぞれの言い訳は聞き苦しく、中身に全く説得力が無かったため、俺から見れば会見そのものが単に恥を晒している様に見えた。彼は何をやりたくて都知事になったのかね。確か俺の記憶では東京オリンピックにも知事選に出る前は反対していた筈だぞ」

私は応えた。

「わが家のかみさんも“飛行機のファースト・クラスやホテルのスイート・ルームは、自分で稼いだ金で払え”と怒っていた。更に“知事の現在の奥さんは三人目だと新聞に出ていたが、この知事は人間として問題があるんじゃないの?”と疑いの目を向けていた。また、かみさんの説明によれば別れた女房達からの彼の評判はすこぶる悪いそうだ。本人が自負する程頭が良いのであれば、当然こういった声が出るのは分からなければおかしい。“ルールに従っています”と弁解するのは人としての感性と判断力の基本が分かってないとしか言えないね」

私の発言を受けて友人は更に辛辣な意見を述べた。

「人の持つ上昇志向は悪い面ばかりではないが、動機に単なる個人的な野望しかない場合むしろ有害なことが多い。高名な女性社会運動家に取り入って世に出た民主党の前首相は、国政選挙に出る際彼女に応援を求めたが断られたそうだ。彼女が“あなたとは考えが違うから応援は出来ないが、私の選挙を手伝ってくれたので寄附はしましょう”と幾ばくかの金を出したら、それを選挙資金集めの宣伝材料に使ったそうだ。彼が東日本大震災の時、何をしたのか現在も検証されているがどの分野からも良い話は聞えてこない。この男も現都知事も人並み以上に上昇志向の強い人間のようだ。互いの共通点は、利用出来るものは何でも自分のために利用する節度の無さと言えよう。今回の出張旅費やホテル代、それに公費での別荘通いは都庁内部からの告発だと報道されていた。身内にも見放され、反感を持たれる様じゃ彼の今後の都政の舵取りにもたいしたことは期待出来ないだろう。基本に人としての志の無い人間は、理屈さえ付けば自分のためだけに何でもやる危うさを持っている。リーダーや、それを自称する人達はまず自分が何をやるべきかを考えて欲しい。この二人に今更こういうことを言っても無駄だろうが」

情けないが現実はこの程度で、それでもこの知事や前首相を選んだのは選挙民だった。世間に売り出す為に彼らが取った手段は、地道な自分の信念と理念の実践から始めたのではない。何がしかの考えがあったとしても、目的は己を売り込むことだったと決め付けられても仕方ない過去が彼等にはある。彼らの経歴と発言を辿れば簡単に分かる。

彼はさらに続けた。

「いつも言うことだが、これも民主主義のコストなのだろう。かつて“物価のxx”と学者としての自分の名前を被せて売り込んだ革新系の都知事候補は都民に選ばれ、結果として三期知事を務めた。物価が公約通り治まらないと、次は“福祉のxx”と売り込んで学校給食のおばさんの退職金を確か当時4千万円程払ったと覚えている。また、校長の給料と学校の用務員の給料を同じ年齢だからという理由で同額にしたのもこの知事だった。それぞれの責任の重さには彼の配慮は至らなかったのだろう。労働組合の言い分を全て受け入れ、結果として都の財政を破綻させたが後を引き継いだ鈴木知事が見事に立て直した。“一人でも反対があれば、私は橋を造りません”という政治家としてあるまじき迷言を残したのもこの男だった。繰り返すが、こんな男でも都民は三度も知事に選んだ過去がある。次を担った鈴木都知事は大変だったと同情するが、もっと大変だったのは都民だった。外郭環状線道路の工事もこの男がストップをかけ、石原都知事の時やっと完成した。長く渋滞緩和の対策も取らず、更にコストは結果として何倍にも膨れ上がった筈だ。都民の犠牲を考えると、この男は有害だったと思っている。福祉の方面で幾らか功績があったとしても、彼の場合それも自分の人気取りの政策にしか見えない。都の財政を破綻させたのでは知事としての適性は皆無だったと断罪しても構わないと思う。」

口当たりの良い政策や、尤もらしい経歴で選んでも選挙民は失望させられるだけだろう。あらゆることに理屈を付けて正当化する男には自分で言っている「トップ・リーダー」としての適性など見付けることは出来ない。友が言うように自己犠牲を厭わない志の高さがあれば、あんな馬鹿な弁解はしない筈だ。

彼が纏めた。

「我々都民は高い税金を払ったと自己責任を自覚して、2年後にもっとましな知事を選ぶしか方法は無い。無能な学者知事で懲りている筈だが、都民の選球眼はなかなか上達しない。このように民主主義は非常に効率の悪い一面を持っているが、国民の投票権も認めて無い近隣の国よりまだましだろう。安全保障条約を結んだ巨大国では、西洋花札みたいな名前の男がトップ・リーダーになろうとしている。いずこでも国民の選ぶ基準が俺にはよく分からん。国民が目先の事や、経歴と肩書に騙されるようでは碌な国は出来ないぞ」

彼が孤高を保たざるを得ない理由が良く分かる。彼には分かり切ったことでも私達には気付かないことが多いからだ。もう少し生きて辛辣な意見を聞かせてくれ。

遠方から食料を持って来た友に、今夜は泊まって貰うことにした。互いに狭い家には慣れているし、高齢者には入り辛くて足も延ばせない風呂でも互いに毎日我慢している。思えば私達は都の経営するアパートに住んでいる。現知事にも一度、都の経営するアパートに泊まって貰おう。そうすれば能天気なことは言っておれなくなるだろう。

平成28年5月8日
草野章二