しょうちゃんの繰り言


あなたの孤独な赤

子供の頃、ラジオから聞こえてくる人の声や音楽がとても不思議だった。もの心付いた頃、小さな人間が中に入っているのだろうか、という当初の疑問は長くは続かない。裏側から覗いても誰も見えないし、ラジオそのものにいくら小さくても人が入れるとは思えないからだ。子供にとってこういった探求への試みは誰しもいつか通る道なのだろう。特に男の子の場合は。

小学校に入ってすぐに字を習い、その内簡単な計算も習うようになる。正に、「読み・書き・算盤(算数)」という人間生活で一番大事、かつ必要な技能を身に付けることが始まる。

その中でも算数は約束事を理解すれば非常に分かり易く、答えがはっきりしているだけに好きだった。多分に、これは男の子に多い反応だと思われる。その代り作文や日記を書くのが苦手で、数行書くともう書くことが無くなってしまった。私の記憶では、小学校時代は女の子が作文や日記では男の子を圧倒していた。例外はあったとしても、男の子は動く車や飛行機に興味を持ち、一方女の子の興味はお人形さんであり、ままごと遊びだった。生まれつき関心の対象が男と女では違いがあるようだ。

理科(科学)や算数(数学・計算)は応用すればラジオになり、自動車になることを学んだ。飛行機も人間の願望で飛んでいるのではなく、全てが理に叶って初めて空中を飛べる。人が望むことにより実現する目標が定まり、その実現のため多くの先人が努力し、空を飛べるようにもなった。全ての現象には一定の法則があり、その法則に沿って人は色々なものを発明し、完成させた。そこには超自然的な飛躍は一切無い。今の完成品に辿りつくまではあらゆる分野での科学が動員されている。そして出来上がった車や電気製品は今でも進化を続けている。あらゆる科学の産物には完成という表現は相応しくないのかもしれない。

科学や数学には法則性があり、それは論理的に証明が出来る。また、発想に飛躍があっても、具象化には論理的飛躍は無い。高校で習った幾何学(数学)では解を出すことを証明と言っていた。どちらかと言えばこの分野は男に向いているようだ。世界的数学者に女性が少ない事実が、何よりのこの説の説得力を増してくれるだろう。そう言えば、パソコンおたくにも圧倒的に男が多いようだ。

学校で学ぶ科学や数学の世界は全てが証明出来て、かつ明快な答えがあった。万国共通の数式で表され、そこには個人的感情や思惑の入る余地は全くない。これが科学や数学の特徴だ。きちんと理解さえしていれば正解に辿りつけたし、答えは一つしか無かった。こういった考察過程は類似した問題の解決へのヒントとなり、科学や数学の世界のみならず他の分野でも充分応用出来ることがあった。

一方で、人の感性や思考の分野では必ずしも答えは一つとは限らない。分かりやすい例は「理想の女性像」というテーマが与えられた時、男どもはそれぞれ自分なりの絵を描くだろう。答えは各自が持っていて、どれもが正解となる。好みの食べ物や好みの服も絶対正解になるものは存在しない。個人の思考や嗜好は、それに価値があるか若しくは洗練されているかの判断は別として、誰しも自己主張が出来る。このジャンルは「正しい・正しくない」の判断が普通下される対象のものではない。

こういった例を含めて人の日常では、むしろ絶対正解の無いケースの方が圧倒的に多いだろう。

誰がどの分野で言った言葉か失念したが、「あなたの孤独な赤」という表現の隠された真意を読んだ憶えがある。「あなたが見ている赤い色は、他の人に全く同じ赤い色で見えているとは限らない」という意味だった。考えてみれば、我々は普段思い込みで対象物を他人と同一に捉えていると信じ込んでいるふしがある。だが私に見える赤い色は、身近な家内にも全く同じ色に見えている保証はない。ただ、互いに何の疑問も無く同じだと信じているだけなのだ。

根源的なことに懐疑的になれば先に進めなくなるが、我々の日常は人によって同じことでも感じ方も表現の仕方も大いに違ってくるのは当たり前のことだ。それは人の個性と言うしか説明が付かない。

小学校での国語の成績は細かく分かれていて、「読む・書く・聞く・表現する」といった項目があったように憶えている。教材として教科書に出てくる物語を読んでそこから何を学ぶか、ほぼ同一の価値観で教えられたと思っている。初歩的な訓練としては確立された方法なのだろう。だとすればよっぽどのことがない限り、子供達は読んだ文章から同じ様な感想を持ち、判断を下すことになるだろう。この基本にもし何らかの意図が隠されていれば別だが、今思い出しても不自然な兆候は見られない。判断には他の要素が入ることも多々あるが、小学校課程では国語の教科書を読んでその範囲で読解力が訓練されたと思っている。

つまり、同じ環境で恣意的な方向付けでも無い限り子供たちは所謂、健全に又偏向無くその読解力や思考力を鍛えていると取っていいだろう。それでも同じ教育を受けた同世代間で、真意が伝わらないことは幾らでも経験している。何年も生活を共にする夫婦の意思疎通においてさえ、時として行き違いが生じてくることもある。

人は自分の考えていることや、感じていることがそのまま相手に伝わっていると思いがちだが、往々にして違っていたことを思い知らされる。日常では細部に亘って拘っていれば、身動きが取れない場合もある。特に商売上の上位に居る人達との約束は簡単に覆されることがある。また、個人の思想・信条の世界になると同じ現象からでもその方向性は違ってくる。時として事実にそぐわないことでも平気で自分達の主張の証拠に長年挙げていた新聞社の例さえある。

言葉を正しく使うために小学校から読み書きの訓練を続け、その結果社会に出る頃にはそれなりの成果が表れている筈だが、大人の社会はそんなに簡単な図式に当てはまらない。日本国民の中には一定の割合で国や行政を信じない人達も出て来ている。これは別な見方をすれば、日本が極めて開かれた社会であることを証明しているようなものだ。言っていることに正当性があるかどうかより、どんな発言でも許されている自由を国民は認識するべきなのだろう。ただ、その意見の妥当性は本人ではなく世間が決めてくれる。

我々は歴史上の事実についてもいろんな解釈がなされているのを知っている。それ以前に事実かどうかも怪しいものが幾らでも含まれていることさえある。もし背景に意図した主張が隠されていれば、同じ歴史的事実(捏造?)からあらゆる結論が可能になる。また、善意の行動も相手によっては幾らでも違った解釈がなされるだろう。国やある集団が利用する宣伝戦をプロパガンダと呼んで、一般の良識ある冷静な意見と我々は区別している。目的の為の手段はどんな方法でも許されるものではない。ただ、こういった初歩的な手法が国ぐるみで未だに国際的にも横行しているのが現実だ。常識とか良識とかごく当たり前の基盤が全く無視された世界がそこにはある。

親しい個人の間でも真意が理解されないことは多々ある。利害の付き纏うビジネスの世界では時として「力」という別のルールが働くこともある。一方で、男女の恋愛関係では互いに愛し合うまでには忍耐強い努力が必要だ。そして残念ながらこうやって出来た関係も、結婚して一緒に住むとやがて細かい軋轢が時間と共に蓄積されることになる。皮肉な結論で纏めれば、誤解で選んだ恋愛相手と間違った判断で結婚すれば、それが普通の夫婦になる誰もが通る道なのだろう。所詮、夫婦間でも理解し合っていると思うのは大いなる錯覚なのかもしれない。

それでも我々は必要に応じて相手に自分の真意を伝えたい時がある。特に家族や交遊のあった親しい友人達には自分の思いを正確に伝えたい。生きる歓びとは自分の理解者をどの位持てたかによるのではなかろうか。人によっては説明が下手だったり、あるいは最初から敢えて説明しなかったりする場合もある。それまでの付き合いで真意を斟酌するしか方法は無い。深く考えさせられるのはこういったケースに多い。

本来であれば教育は人を磨く最大・最高の方法だと思っていたが、現実は違うことが多いようだ。数学や自然科学には法則性があって非常に分かり易いが、他の部門では必ずしも絶対正解がある訳ではない。各人の判断に任された時、本来なら教育の成果が表れるべきなのだが多くの場合自分の損得の感情(勘定)で決めることがある。

教育から与えられるものは断じて資格ではない。人としての判断力であり、教養から出た抑制された人としてのあり方だ。

人が誰かに自分の真意を伝えたい時、「孤独な赤」ならまだ許容出来ても「孤独な真実」だったらとても真意なんか伝えられる筈はない。教育が何のためにあるのか考えれば、自然科学だけではなく、他の分野でも普遍性のある答え(価値観)は生まれる可能性はある。個人の為、国の為に考えるべきなのは一過性の損得であってはならない。その程度の判断では普遍性のある道にはなり得ない。「孤独な真実」にしない為にも教育はあると思うが教える側はどういう感想をお持ちだろうか。若者の仕分けや資格の為に教育があるのではない筈だ。「真実」を同じ言葉で話せる、誇り高い人間に育てる環境を整える時期ではなかろうか。

世俗的な欲から離れれば、時としてこういうことがはっきり見える時がある。
古稀の特権か、或いはボケか。この判断は人に任せるしかないが、お先走りの経済評論家や金貸しには何も言われたくない。
幸いにして理解者を多く持てたことは、この歳での生きた最大の歓びとなっている。


拙文100回の連載を期に、ひとまず筆を置き、自身のホーム・ページに載せて下さった若山教授に改めて心からの謝意を伝えたい。読んで下さった方々にも感謝の意を表したい。

有難う御座いました。

平成27年3月7日

草野章二


管理人より

渋谷の同期の老人がエッセーを初めて送ってくれたのが2011年5月9日である。始めの3編が添付してあった。まだ数人しか読んでないと言う。これは、公開していろいろな人に読ませたいと考え、私のホームページに掲載しようと章ちゃんに言ったら、「どうぞお気に召すままに」とさらに1編、翌日にもう1編送ってきた。

これが「しょうちゃんの繰り言」の始まりである。60編のエッセーがたまった頃、長崎新聞出版局が26編のエッセーを取り上げて、

時評的エッセー集「ミネルヴァのフクロウ」
草野章二著(長崎新聞出版局)

が目出度く出版された。

その後も、書き続けついに100編のエッセーを書き上げてしまった。

上記の本の4冊分になる。まだ、書き残していることがあるかもしれない。大きな区切りではあるが、渋谷の老人はまた何か理屈をつけて原稿を送ってくるのではないかと思っている。(2015/3/8・麹町の老人)