しょうちゃんの繰り言


集団的自衛権について

これから述べる事は、法律にも憲法にも疎い単なる老人の戯言である事をまず断わっておきたい。法律を含めた、あらゆる分野に専門家が居て、それぞれの知恵を絞って国事に当たられている事には大いに敬意を表するものだ。特に国の柱となる憲法はある意味政治の暴走から国民を守ってくれていると理解している。しかし、その明文化された憲法にも様々な解釈が出来る事を我々国民は時折知らされている。そこで、芽生えた素人の極めて単純な疑問を幾らか取り上げてみたい。

まず大事で基本的な問題は、解釈の前に憲法として書かれたものが何を意図としていたかを知ることだろう。大げさに言えば立憲の精神とも取れるが、我が国が戦後憲法を改正した時、その際立った特徴は「戦争の放棄・武力の不保持・交戦権の否認」という平和への理念(平和三原則)の表明だった。その理念を守る為「武力の行使は国際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄する」、「陸・海・空軍、その他の戦力は保持しない」、そして「国の交戦権は認めない」という第9条に述べられた高邁かつ格調高い条文が1947年5月、日本国憲法として公布された。当時の時代背景や占領下での主権等々、公布に至るまでの経緯については後に検証すべき点が多々あったのは承知しているが、形式的には我が国がこの憲法の条文を公布したのは事実だ。特に第9条の条文は第二次大戦からの反省であり、さらに東京裁判で被告として戦勝国から裁かれていた立場として、占領軍からのお仕着せと知りながらも受け入れたのは止むを得なかったと想定出来る。

平和・人道に対する罪から戦争犯罪まで並べて当時日本は戦勝国によって裁かれていた。一方で、それぞれに10万人規模の戦死者を出した焼夷弾による東京大空襲、原爆による広島・長崎での大量殺戮はその対象が殆んど一般市民であった事実にも関わらず、戦勝国は何ら人道に対する問題は提起されなかった。こういった時代背景で新憲法(平和憲法)は実質的に進駐軍の主導の下草案された事を忘れてはいけない。日本が二度と軍事国家として再建出来なくすることが当時の戦勝国による企てで、飛行機・船舶の建造も禁止されていた。新憲法によって日本が武器や軍隊を持てなくするのが彼らの一番の目的だったのだろう。

今は新憲法成立の経緯は別として、この憲法9条の条文に関して素人の感想を述べてみたい。専門家に馬鹿にされるのは承知の上だが。

最初に、この憲法の条文がある限り、どういう名前をその組織(集団)につけるにせよ武器を持つのはご法度だろうと思ってしまう。我々が自衛隊(Self Defense Force)と呼ぼうが呼ぶまいが、海外から見れば自衛隊は明らかな軍隊(The Forces)としか看做されない。武器を持った国家的集団は他国からは軍隊として認識される。しかし国際法上自衛権は認められていて、個人に例えれば正当防衛権に当たるものは国家単位でもあり、他からの武力による攻撃に武力で反撃しても何ら国際的に違法性は無いらしい。しかし厄介な事に日本国憲法は国際紛争に武力は使わず、戦力も保持せず、かつ交戦権も認めていない。

国際紛争を解決する手段として武力の行使を永久に放棄し、武力の不保持を憲法に謳った国が取る手段は、話し合いしか残ってないと考えるのが普通だと思うが、法律家は別の解釈をしているようだ。武器の不保持に関しては「自衛権の確保の為にはその限りにあらず」とでも第9条に但し書きでも加えていれば良かったのにと思うのはやはり素人だからだろうか。この論理的矛盾が憲法第9条を巡る全ての混乱の原因ではないだろうか。

自衛隊の前身である警察予備隊は朝鮮戦争が始まった1950年に急遽アメリカの要請で組織されている。日本の基地から朝鮮に出兵するアメリカ軍の補助として、日本に対するテロやあり得る攻撃に備えるためだった。日本が戦勝国の都合で振り回された経緯はこの当時幾らでもあった事を知った上で、現実的な立場から平和憲法や自衛隊は論ずる必要があるだろう。

平和条約・不可侵条約・不戦条約といった平和への試みは国家間・国際間で過去歴史の中、何度も話し合われ条約の締結はなされていても、また簡単に破られてきた歴史も同時にある。平和的な話し合いでは容易に納まらない問題を各国は抱えている。国際社会を歴史から見る現実的な視点からは、結論じみた事を言えば近代国家が軍隊を放棄していることの方が不自然だと思うが如何だろう。

ただ、我が国民に平和三原則を死守し、その状況下で如何なる試練も乗り越えるという固い決意があれば話は別だ。究極の無抵抗主義で国家が成り立ち、それが実現すれば、それは「人類の未来を日本人の知恵と勇気で切り開いた」と世界の歴史に刻まれる事だろう。あらゆる国際間の問題をひたすら話し合いで解決する姿勢で臨み、軍事侵攻・攻撃にも怯まない心構えと犠牲を厭わない決心さえ国民に出来れば、やってみる価値はあるとも言える。

それが実現した場合、現在の防衛費関連の予算は全て他の目的に使用出来、左派野党が目指した国家が目出度く誕生する。アメリカとの安全保障条約も直ちに解消出来、米軍・自衛隊が使用している国内の基地も全て解放され他の用途に転用出来る。沖縄での米軍基地の問題も瞬時に収まる。

領海・領空を侵犯されても我が国は相手に口頭で平和的に注意し、国際法を守るよう促す。最も、領海・領空の侵犯に関してはそれなりの設備を持たなければそれさえ認識出来ないが、それは警察や海上保安庁にお願いするしかない。

その結果、もし最悪の場合は島のみならず本土も侵犯され国民が攻撃を受けても我々は無抵抗でいなければならない。当然のことだが、同盟国も無く他国と安全保障の取り決めが無ければ、他国の援助は一切期待出来ない。つまり我々は死をも覚悟して平和憲法に殉ずる国民であり続けなければならない。これは現実の政治的判断ではなく、むしろ宗教の世界に類する決断だろう。簡単に言えば現実的ではないという話だ。

平和憲法が国民の総意か、占領軍の意図したお仕着せかは既に明らかだと思うが、改正に慎重な人は多い。平和憲法を守り前述した理想論を貫く場合、他の国も今までの国防の概念を変えなければ、普遍的な国際的紛争解決には我が国の平和憲法だけでは対応出来ないだろう。日本だけではなく世界で共有する拘束的な価値観が生まれて、初めて理想論が通用する。残念ながらこれも現実的ではない。

相手国の立場を斟酌して妥協した結果が、長く我が国がいわれ無き非難の的になり、国際的にも相手国への非道な加害者という栄誉が慰安婦の記念碑と共に贈られようとしている。そんな国や、それに似た国が近隣に現実存在している時、理想論は何の役にも立たない。政治は現実であり、自分の都合のいい事を言うだけの国がある事をちゃんと認識して結論を出すべきだろう。国内でも説得や話し合いで全てが解決する訳ではない。理想的平和憲法は残念ながら現状では実用には耐えられえないだろう。

それでも今まで平和憲法の下、紛争や戦争に巻き込まれなかったと主張する人達がいる。だから平和憲法は守るべきだと彼等は声高に主張するが、実態はアメリカとの安全保障条約が有効に機能していたからに過ぎない。平たく言えば戦後の国防に関して日本はアメリカに全面的に依存していた。アメリカの後ろ盾が無ければ今日の日本の繁栄は無かったかもしれない。アメリカは自分たちが主導した憲法で、日本を結果として守らざるを得なかったというのが実態ではないだろうか。

歴史の判断はそれぞれの理解でなされるが、言える事は表面に見えるのは本質の一部にしか過ぎないことが多い。少し物の分かる大人なら、日本の平和は憲法第9条で守られたわけでない事くらい理解しているだろう。基本はアメリカという超大国との安全保障条約で守られていた事を知るべきだ。

もしこの理解が正しいとすれば、集団的自衛権を行使してでもアメリカを守るしかない。それは結果として日本を守る事にもなるからだ。自ら手を汚そうとしない国と例え安全保障条約を締結していても、自国の兵の血を流すような事は誰もしないだろう。インテリの外国人が良く使う英語の表現に“ A Quid Pro Quo” というラテン語起源の言葉があるが、日本語では通常の感覚で捉えれば、辞書にその訳は出てなくとも「お互い様・おあいこ」という言葉がぴったりくるだろう。安全保障条約の基本精神は、互いが正にこの“ A Quid Pro Quo”でなければ永続し得ない。相手のそれなりの協力(等価的)が必要な時、彼らが良く口にする言葉だ。不動産で言う「等価交換」がこの状況を理解するには分かり易い。互恵的安全保障条約では、どちらかの一方的な負担は本来有り得ない。

日本は憲法条文の解釈を巡って論争しているが、本質はそんなところには無い。戦後のどさくさで出来た憲法が独立国の憲法としては不備であったがゆえ、問題が今出てきている。その憲法を意図して主導したのがアメリカだった為、日本は今まで旨い目に会ってきただけの話だ。その意味では確かに日本は平和憲法によって守られてきたとも言える。

国の安全には大変なコストと犠牲が伴う事を我々も認識する必要がある。自分の国は自分で守るしかない。これは独立国として最低の基本的条件で、本来なら外国の軍隊に基地を提供してまで守って貰うものではない。我々も融通無碍・原則なしの生き方を変える時が来ているのではないだろうか。目先に問題が見えなければよしとし、犠牲が出る事を極端に恐れ、かつ逃げる姿勢はとても学んだ大人の態度ではない。何もしないで絶対安全に国を守る方法なんてある筈がない。どこの国の政治家か分からないような発言と主張に国民も惑わされる事なく、孫子の代まで通用する国家の安全を構築するべき時が来ている。

少なくとも憲法は実用性と理念を兼ね備えてなければならず、非現実的な理想の追求は国の進路を誤らせる事にもなる。さもなければ前述したように、国民全てが犠牲を覚悟した上で戦力の永久放棄を世界に向けて訴えればいい。その場合、そのリスクの代償は我々日本国民全てで負うことになるが。

国際政治の実態が甘いものでないことは、近隣の反日教育を見れば良く分かる。台湾と似た様な事をやった朝鮮半島では未だに目の敵にされているが、台湾では感謝され、東日本大震災の折も他国と比べ桁外れの寄付金が台湾から贈られてきた。台湾では、日本による国土のインフラ整備や教育の普及が台湾を大きく発展させた事を彼等は自覚し感謝しているからだ。我らの先祖は朝鮮半島を含め、彼の地で確かに貢献をしてきた事実がある。それでも受け取り方は様々だ。

こうやって平和憲法を順次考察し関連する問題点を探っていくと、結論は自ずから出てくる。素人であっても一徹な後期高齢者であっても、平和憲法と集団自衛権についての私の未熟な考えは次のような結論になった。

今や、憲法条文の解釈の問題ではなく、国の憲法はどうあるべきか、さらに同盟国に対し我々はどういう責任を取ればいいのかという基本的な問題を突きつけられている。紛争や戦争を避けるため現実的な最善の方法を我々は求めなければならないが、それは自分の身を安全な場所に置いてのゼロ・リスクの主張では誰も相手にしなくなるだろう。少なくとも政権与党は国民受けの良い安易な道を選んではならない。前述したように国防は大変なコストと犠牲が伴うものだが、それでも戦争を回避する現実的な最善の方法だと知るべきだろう。

論理的整合性で物を言うと、時として右翼のレッテルを貼られる事がある。隣国が言うのは勝手だが、同胞まで同じく口調でなじる者が出てくる。平和ボケした頭には私の考えは刺激が強いのだろうが、避けては通れない。いずれの選択もゼロ・リスクでは終わらない事を肝に銘じるべきだ。その上での選択なら文句は無い。

気が付いたら私も例の口の悪い友人の口調になっていた。優柔不断な私には余り断定的な事は今まで言えなかったが、長い付き合いで彼の悪(?)影響を受けたのだろうか。

それとも老化が私を一徹にしたのだろうか。ただ発言した内容には何の躊躇も後ろめたさも無い。

平成26年7月14日

草野章二