しょうちゃんの繰り言


責任者のやるべきこと
(Construction Management)

例の友人が前触れもなく、いつものように奥さん同伴で訪ねてきた。仕事関係でお世話になった方の告別式に出たらしいが、斎場がたまたま我が家と一駅しか離れてなかったので思い立って寄ったという。葬儀の帰りには他人の家を訪問しないという日本の習慣を知った上で、彼は敢えて禁を犯したと笑いながら説明した。互いにそんな約束事など若い時から気にしたことがない。「今日は、お土産は何にもないぞ」という言葉と共に上がり込むと、まず日本酒を催促した。昨晩の残り物を肴に昼過ぎの老人の酒盛りが早速始まった。

「何か問題が起きた時、原因を突き止めて解決を図るのは当たり前のことだ。規模の大小や民か官かの違いも基本的には関係ない。速やかに、鮮やかに解決を図るのが有能な責任者(リーダー)の条件で、自分を引き立たせる為の手段に問題を利用してはならない。特に前任者から引き継いだ案件では目的に叶う最善の解決方法を選択するべきで、もし付随した問題が見つかればそれは別途、法的処理でも何でも後でやればいい。」

彼が言及しているのは東京都の中央卸売市場移転とオリンピック会場の変更問題に違いない。

「そもそも完成間近な豊洲市場の安全については農林省が最終的判断を出す立場らしいが。判断の詳細な基準は素人に分からん。少なくとも当事者(東京都・知事)が勝手に決められることではない筈だ。

東京都としては新市場開発予定地に有害物質を含んだ土壌があれば何らかの方法で汚染対策を施し、その上で市場に相応しい建物を建設するだけの話だ。建設前に専門家が集まって何度も協議したらしいが、結果として開発に不向きな土地なら、建設は始まらなかっただろう。汚染対策に必要な方法とコストを考えて他の候補地と比較・協議した挙句、当時の知事が彼の権限で豊洲は可能と判断してゴーサインを出したのだろう。議会が反対ならそもそも豊洲への移転はあり得ない。中央卸売市場移転には充分な理由が無ければならず、知事や一部の実力者の独断で決められることではない」

奥さんに新しい煙草を催促するとさらに続けた。

「土木や建設の専門家は豊洲の土壌汚染問題を当初から共有していて、それぞれの技術者は建設費やメンテナンスを考えてベストの絵を描いた(設計した)と想定出来る。歴代トップの市場長に“盛土がされてなかった箇所の報告不備”が大きな問題として取り上げられているが、問題はそんなところにはない。それは単に組織のガバナンスの問題で、それこそ知事の権限で修正すればいい。盛土が土壌汚染の絶対唯一の解決法なのだろうかという疑問が残る。その理由は、最近では盛土が無ければ危険だという捉え方が専門家にも否定されているからだ。出来上がり寸前の現状の豊洲市場は、むしろ単純に全面盛土をした場合より汚染管理・耐震・メンテナンスの面で優れていることをその専門家は指摘していた。

また安全基準を厳密に取り上げるのであれば、現状の築地市場には問題はないのかチェックするべきだね。豊洲で求められている基準で築地を判断した場合、生息しているネズミの大群にはどういう説明がされるのだろう。現在でも建物に残っているアスベストは無害とでもいうのか。市場に仕切りが無いため、出入りする多数の運搬車の排気ガスや夏場の高温は決して生ものにいいわけがない。こういった問題を豊洲と比較して解説したマスコミがなく、今回の問題の背景に意図的な発言が多すぎるのが気になる。いずれにせよ新市場が完成した時、安全を判断し最終移転を決められるのは都知事ではない筈だ」

言われてみれば彼の指摘は納得がいく。

彼は続けた。

「設計・施工に土壌汚染問題を共有する専門家が居たのは間違いない。役人の連絡不足は組織の問題で、そこが弛んでいるのは人間社会ではよくあることだ。それに移転に反対する人たちは必ず出てくる。背景には経済問題が大きく絡んでいるようだが、仲卸しの権利が億単位で取引された時代は過去のことで、最近ではその権利を買う人がいないとも聞いている。つまり引越しで金が掛かるのは彼らにとって重大な問題なのだよ。都民第一を言うのなら、そして安全第一を訴えるのなら政治的発言ではなく、現在での状況下での最善の解決法を、時期を決めて早急に出すべきだろう。

もし豊洲が、解決法が見つからない程危険で、そこで建造された建物が新しい市場として全く使い物にならないのなら歴代の知事や関係者全てに責任を取らせればいい。俺の私見では関わり合った関係者がそこまで無能で堕落しているとは到底思えないがね。リスクゼロを前提とした善玉・悪玉式での政治闘争は、判断力の無い人間には受けるだろうが、決して説得力のある品のいい手法ではない」

確かに何か事が起きた時、自分だけが正しいといった風の主張する人は必ず出てくる。サポートする観客は正義の味方に喝采を送るだろうが、その姿勢はあざとく責任ある立場の人間が取る手段ではない。問題の本質を見極めないで騒ぎ立てるマスコミや国民にも責任はある。

「それに、工事の始まっているオリンピック会場にもストップが掛ったが、ゴーサインを出した前任者や、携わっている関係者はよほど無能な人間ばかり揃えていたのかね。現知事の言い分が正しいとしたら、任命責任も含めて全ての関係者の処分もするべきだろう。

金の動くとこにキナ臭い匂いは必ずするものだが、もし不正が本当に見つかったら法的責任を取らせればいいだけの話だ。ちゃぶ台返しのような手法は、一般受けはしても取り返しのつかないことになる。変更する場合、結果として経済性や効率性の比較も必要になるだろう。問題があれば指摘するべきだが、幼い正義感で解決出来るとは俺には思えないね」

そこまで言うと、彼は懐からメモを取り出して続けた。

「1979年に我らが青木功氏はロンドン郊外のウェントワース・ゴルフ場で準優勝した。その時ホールインワンを達成し、ゴルフ場敷地内に建つ豪華な別荘を賞品として貰っている。その時のスポンサーがBovis Constructionという英国の建設会社だった。彼らは施工主に代わって建設の管理を専門家の立場からやってくれ、資材の価格及び品質・納期・完成度まで全ての分野にわたって目を光らせてくれる。そのサービスをコンストラクション・マネジメントと呼んでいるが、野村證券がロンドンのカナリ・ワーフで手に入れた古いビルを改築した時も彼らが活躍してくれた。パリ郊外のディズ二−・ランドやバルセロナ・オリンピックの時も参加している。民間のみならず公共の仕事にも多数実績を残している。日本では20年以上前英国大使館でセミナーを開き、コンストラクション、プロジェクト・マネジメントの紹介をしたが、日本の代表的大手ゼネコンは全て出席していた。たまたまボービスの会長を大手鉄鋼会社に紹介した縁で、俺もセミナーに出たが、人手が足りなくてまだ若かったかみさんに受付を頼んだ。

英国やアメリカでは大型プロジェクトの場合コンストラクション・マネジメントもしくはプロジェクト・マネジメントを入れるのが普通になっていて、たぶん今では日本でもそのサービスを手掛けている企業があると思う。手数料は確か総工費の数パーセント(2〜3%)だったと記憶している。弛んだ役人のいるとこでは彼らに仕切らせるより、このマネジメント会社に手数料を払ってもプロに任せた方が安上がりではないか。ボービスならオリンピックの経験もあることだし」

確かに誰が最終的に決定し、会計責任を持つのかさえ判然としない東京オリンピックは、それぞれがその立場で勝手なことを主張していたのでは収拾がつかない。ましてオリンピック予算には関連の社会的インフラ(道路・橋・交通手段の充実等)も含まれる。1964年の東京オリンピックでは2兆円掛かったと言われているが、オリンピックに間に合わせた新幹線・東名高速道路・首都高速道路はその後の50年以上にわたって我々の日常生活に貢献している。観点さえ変えれば、そしてそれが本当に将来の布石になるのであれば、全てがムダ金とは言い切れない面がある。責任者(リーダー)に確たる信念と将来を読む能力があれば、国民は喜んで協力するだろう。友人が言うように合理性を持って建設に向かうのであれば、経験ある専門のコンストラクション・マネジメントを利用するのも意味がある。

「当事者は時間を掛けて調整し、最善のものを創ろうと努力している。要求された条件下で答を見つけ出し、苦労しながら少しづつ今迄積み上げてきた。そうやって既にスタートしていた計画が突然後から出てきた新知事に全否定されたのでは彼ら当事者の立場はないだろう。俺には“都民ファースト”より“自分ファースト”と見えるが偏見だろうか。元々彼女はパフォーマンスが得意で、都議連に属する古参国会議員は彼女の都政に対する政治信条をそれまで聞いたことがないと証言していた。彼女の足元を長年見てきた仲間に賛同者が居ないのも頷ける」

彼がこの知事を政治家として昔から評価してなかったのは知っているが、世間の取り敢えずの人気は高い。友人が言うように劇場型・パフォーマンス型政治家には投票してくれる選挙民がバックアップ体制として絶対必要で、人気が落ちれば政治生命は終わる。だから選挙民に受けるような演出を常に考えていなければならない。人によってはあざとく見える方法も、他の人が逆に評価することも大いにあり得る。毎度言っているように、民主主義の原則は多数決なのだ。

「制度上許されるかどうか知らんが、選手村として建設した居住施設は激増している外国人観光客用ホテルに転用することが出来る。その収益で建築コストの回収も可能になるのでこの案は是非実現して欲しい。制度上の縛りがあるのなら、知事の言う“もったいない”の精神で制度を改正すればいいだけの話だ。都民を背景にした知事には、この位のことは出来るだろう。

他人が手掛けた仕事に単純な善・悪の印を押して仕分けするより、現状を生かして実質的な解決法を探る方が責任ある立場としてはよっぽど評価されるだろう。豊洲も背景にはオリンピック用の新設道路の工事が待ち構えている。オリンピックまでの残り時間を考えれば、出来ることは限定される。不正があったら知事を全面応援している元検事に、ゆっくり暴いて貰えばいい。今はボービスの手を借りてでも、課題の案件を速やかに処理することを優先させるべきだろう。予算に関しては国だって協力してくれる筈だ。ただ、今まで関係していた人達が全て判断力の無い無責任な集団であるような決めつけでは、人も国もなかなか動くものではない」

知性があり、教養ある人たちは見え透いたことをやりたがらない。まして短い表現で決めつける手法は取らない。首都と野党第一党に、たまたま同時期に選ばれて出現した女性責任者(リーダ)は、テレビのキャスターという輝かしい(?)経歴を持っていた。友人は彼女らを評価していないが、その真価には直ぐに結果が出るだろう。

ブレーンとして必要があれば、Construction Management(建設管理)ならぬPolitical Management(政治管理)のコンサルタント会社を利用する手もある。海外の企業なら厳正な第三者の立場は守れるだろう。そこには少なくともブラック・ボックスの存在する要因は皆無だ。

冗談は抜きにして、彼女達には女性登用の先駆者として長く歴史に名を残して欲しいが、それを決めるのは本人達ではなく、支えてくれている移り気で冷徹な選挙民であることを忘れてはならない。そして他人を決めつければ、落ち目になった時のブーメラン効果は大きくなるのが普通だ。

草野章二

平成28年10月4日