しょうちゃんの繰り言


慰安婦問題について

このタイトルで私の見解を書いた動機は、元はと言えば八王子在住の中野晃さんからのリクエストによるものである。中野さんはVOA(Voice of America)のMario Ritterという記者が、今月11月3日に書いた日韓首脳会談の「慰安婦」に関する記事に、彼の意見を翌日英文で投書した。Ritter記者は中野さんの意見を記事としてすぐに取り上げている。インターネット上で、英語を勉強している人達を対象にVOAが世界に発信しているニュースだという事だ。

Ritter記者の記事の「“Comfort Women” in South Korea were forced into sexual slavery by Japan’s occupying military force during World War II.」(韓国の慰安婦は、世界第二次大戦当時、韓国を占領していた日本の軍により性奴隷として強制された)という表現に中野さんが反論を出し、それをVOAは真摯に取り上げ、世界に発信した。日本の軍や国による強制は一切無く、日本は韓国に対して1965年に協力金を払って過去の歴史を清算しているというのが中野さんの主な論旨だ。それに対し、Ritter記者も誠実な対応をしている。すぐに中野さんの主張を記事として取り上げたのもその表れであろう。

中野夫妻は、私の著書やその後出し続けている拙文を熱心に読んで下さり、ご主人とは一緒に食事をしたこともある。問題意識の高さと、英文で反論を書かれた熱意と能力には頭が下がる思いだ。私より少し上の世代だが、実業界から現役を引退された後もVOAの英文記事をインターネット上で読まれ、かつ持論をすぐに発信される姿勢は私にとっても大いに刺激になった。その中野さんから、私の意見を聞きたいと要請があったため拙論を纏めたが、この経緯を私の拙文を読んで下さっている方々にも紹介したく、原文に幾らかの修正と加筆をして発表している次第だ。

以下が私の中野さんに対するコメントである:−


「素人の私が、この問題に論陣を張るのは身の程知らずくらいの判断はありますので、あくまでいつもの床屋談義の延長と捉えて頂ければ幸いです。

元々日本と朝鮮は戦火を交えていません。1965年の韓国に対する8億ドルの支払いは戦争による賠償金ではなく、戦後の経済復興協力金として日本政府は払っています。当然、日本に併合した為に韓国が被ったと思われる被害に対する補償の意味も含まれています。これで全て過去の清算を終えたというのが時の韓国政府の受け取り方で、かつ日本の公式な見解ですから、その後の韓国の要求には一切応じる必要はありません。慰安婦問題や徴用問題も当然含まれるべきです。Treatyは日本語では条約や協定と訳されていますが、当事国でこの和平協定が結ばれ、過去が清算されれば、その後蒸し返す議論は普通国際的にあり得ません。ゴール・ポストを動かすという韓国の姿勢は日本のどんな配慮も無意味で、謝罪や補償の要求をそれこそ彼等は1000年でも続けるでしょう。誇りの無い民族に大人の対応は通用しません。

韓国併合は、一般には植民地支配と言われていますが、かつての植民地に対して賠償に当る経済的補償をした国はありません。彼地における学校や道路を含めた社会的インフラは日本の国家予算から出費されていて、欧米諸国が植民地から搾取した図式とは全く違います。満洲国も、背後に日本の政治的意図があったとしても、少なくとも対朝鮮同様、合法的な手段で日本は開拓を始めています。そこにも国家予算で満州国のインフラ整備を行い、日本が統治して治安が良くなったため、現地の中国人が感謝し、喜んで日本に協力した逸話は幾らでも残っています。又、日本帝国陸軍は、現在の中国共産党が率いる中華人民共和国と戦った歴史もありません。戦ったのは蒋介石率いる中国軍(中華民国)で、現在その末裔は台湾に居ます。

「強制慰安婦」問題や「南京大虐殺」問題は、残念ながら日本から火を焚きつけた国賊がいます。吉田清治という男が書いた「慰安婦狩り」を朝日新聞が裏付けも取らず記事にして、自分達のプロパガンダに利用したのが慰安婦問題の始まりです。戸塚悦郎という弁護士は「性奴隷」という言葉で慰安婦を表現し、ユネスコの人権委員会にこの問題を取り上げるよう何度も訴え、結果として日本による「性奴隷」が国際的に定着し、広まりました。

韓国の慰安婦を日本に連れてきて、NHKや朝日新聞に売り込んだのが福島瑞穂で、日本での裁判でも自ら弁護士を買って出ています。慰安婦を20万人も強制連行したのであれば、どこかで証言する現地人が居てもおかしくないのですが、誰一人として証言する人は未だに居ません。つまり完全な虚構の上でこの話は進んでいます。

「南京大虐殺」も朝日の本多勝一という記者が中国の主張通りに記事にしたのが始まりです(1970年及び1980年に南京事件を出版)。30万人本当に虐殺したのであれば、戦後すぐに問題になる筈で、敗戦国の日本は当時叩き易かったと思われるのに、本多が書くまで一切その兆候はありませんでした。書いた後も誰一人証人が現れていません。つまり大虐殺も完全な虚構です。米国籍のアイリス・チャンという女性も南京虐殺に関する本(ザ・レイプ・オブ・南京、1997年出版)を出していますが、その信憑性は専門家からは否定されています。

私は長崎で原爆を経験していますが、それでも直接の被爆で死んだのは7万人強と言われています(その後、原爆の後遺症で約同数の7万人が1年以内に死亡)。この事実からも分かるように、当時の日本陸軍の火器で30万人を短時間に殺害するのは物理的にも不可能です。むしろ日本が南京を制圧した後、治安が良くなり逆に終戦時には人口が増えた(20万人が終戦時には25万人)記録さえ残っています。

南京大虐殺記念館での証拠写真の大部分は事件と全く関係ないことが証明されています。

「従軍慰安婦」という言葉は最近言われ出したことで、慰安婦が軍について行ったという表現が一番妥当だと思われます。当時売春は合法的な商売で、血気盛んでかつ規律と払いの良い軍人は商売としては継続的かつ安定した良い客だと思われます。性病の蔓延を恐れた軍は衛生管理にも注意し、それが慰安婦も守ってくれました。それに将校の数十倍の稼ぎをしていたのが当時の慰安婦達です。彼女らの背景に様々な人生があったことは充分推測出来ますが、少なくとも彼女らは軍の強制で働かされた訳ではありません。

今の価値観で女性の人権問題を語るのはフェアではありません。もし従軍慰安婦を問題にするのであれば、日本だけ取り上げられるのは不公平です。ソ連軍は金も払わず、強姦した例なら、満州を初めヨーロッパ各地で幾らでもありますが、慰安婦を利用せず、素人の女性を強姦した方が女性の人権を守ったとでも言うのでしょうか。

戦後の日本でも米軍(進駐軍)の為に政府が金を出して慰安婦を募集し、慰安所を設置した事実が残っています。米軍による素人女性への強姦事件を減らすための窮余の策でした。クリントン女史はこういった事実を知って日本を批判しているのでしょうか。

総じて欧米の国民は日本のことに関心がありません。日本の専門家以外、細かく検証して判断することは無いと言ってもいいでしょう。特に政治家は酷いのもいて、ジャーナリズムもあまり信用出来ません。特にNYタイムズは朝日の記事を碌な検証もせず本国に送稿している例が多数あります。VOAが日本人読者からの意見を取り上げ、真摯な態度でこの問題に対応しているのに、むしろ驚きました。

ついでですが、国連の機関もあまり信用出来ません。慰安婦問題の取り扱いや世界記憶遺産で南京大虐殺を取り上げた例を見れば良く分かります。彼らの判断には限界があります。制度上の縛りがあったとしても、一国の名誉が掛った案件に確かな検証もせず烙印を押すのは、厚かましい国のプロパガンダを後押ししているようなものです。日本は分担金に見合う、まともな組織への変革を要求するべきです。

日本人の「惻隠の情」や「相手を慮る」姿勢は残念ながら隣国に悪用されるだけです。文化や誇りにまだ価値を見出せない未熟な国には毅然として対応するのが肝心だと思います」


以上で中野さんへの私の拙い応えは終わっているが、この問題(慰安婦及び南京事件)は一部の弁護士や、自虐史観に染まった人達に主導権を握らせてはいけない。出来るだけ史実に基づいた検証を当事国の専門家が納得いくまで続けるべきであろう。

残念ながら、隣国の主張には誇張されたものや捏造されたものが多々見受けられる。彼らの国内事情があったとしても、我々は安易に妥協してはいけない。隣国に与するジャーナリストや知識人(弁護士を含め)と称する半端な日本人が多数居ることも事実だ。何故に彼等がかくも頑なに日本に盾つくのか理解に苦しむが、これも幼稚な自己顕示欲の一種だろう。いつも言っていることだが、ペーパ・テストでの資格は馬鹿でも取れる良い見本が彼らだ。真の教養や知性に縁がなくても大学教授や弁護士、それに新聞記者はやれる。判断力が無くても代議士を続けている半端な輩は幾らでもいる。

私達が無関心でいれば、その代償はやがて払わされることをもう一度考えてみよう。中野さんはジャーナリストの出身ではないが、古稀を遥かに超えられた年齢でも知的好奇心は若者と同じように持っておられる。その姿勢にはただ脱帽だ。中野さんのような市井の方が、きちんとした判断と行動力で存在するのは、日本の底力を見た思いだ。出来るだけその伝統は日本に残したい。

個人の損得だけで終わらせない人生が、如何に価値あるものかを思い知らされた今回のエピソードだった。どこかの馬鹿な弁護士や新聞記者より、よっぽど物が見えている。

平成27年11月9日

草野章二