歌をつくる人にまつわる話
Story of Songwriters

(63) ザ・ワイルドワンズ加瀬邦彦74歳で死去  想い出の渚

Kunihiko Kase(1941-2015)

ワイルドワンズの加瀬は、慶應の幼稚舎で隣のクラス、2クラスしかないから同級生同然だった。高校の頃、茅ヶ崎の加山雄三の家に出入りしている間に芸能人になってしまった。

寺内タケシとブルージーンズでテレビに出てきた時は驚いたものだ。寺内タケシはスキーが指導員、蔵王の岸英三のもとによく遊びに来た。そんな関係で寺内のコンサートにまで出かけたのだから。ジャズの親父がエレキを聴きにですよ!

その後、ザ・ワイルドワンズを立ち上げ加瀬の作曲、鳥塚の作詞になる「想い出の渚」はビッグヒットとなった。いや、今でも名曲だ。

加瀬が経営していた銀座のケネディー・ハウスでのワイルドワンズのライブを見に行ったり、六本木のケネディー・バーなどで加瀬と会ったり歌ったりして遊んだことを思い出す。

90年代の半ばに食道がんが胃潰瘍の検査の時に見つかり、手術をして克服し元気にしていたのだが、最近になって調子が悪いという話を聞いていた。ワイルドワンズのメンバーは全員ががんを患った。だから、ワイルドガンズなんてジョークを飛ばしていたのだ。

来年はワイルドワンズ50周年を迎えるところだったのに、何で急いで逝ってしまったのだろう。

 
想い出の渚

この頃、鳥塚しげきが何かあると連絡してくる。セイコーの服部真二社長が大のPops好き。よくライブやでかいコンサートまでやる。必ず呼ばれる。そんなときはいつも鳥塚バンドがバックを務める。真ちゃんとは赤坂のリトルマヌエラでの仲間である。だから我が家まで鳥塚とは奥さん共々仲良くしているのである。

この間も「加瀬の具合はどうだ?」と訊いても、なかなかいい返事が返ってこなかったので心配していたところだった。2015年4月21日午前中に自宅で死亡しているのが見つかった。自ら呼吸器をはずしたらしい。74歳だった。

加瀬邦彦よ、安らかに眠ってください。R.I.P.(2015/4/21)


今夜は赤坂B Flatで鳥塚のライブがあった。ワイルドワンズでも鳥塚バンドでもない。鳥塚しげき & Love Rock Riders(鳥塚しげき(vo,g)、八木のぶお(hca,vo)、上侍(gt)、津垣博通(p)、チッコソウマ(ds,vo)、高橋ゲタ夫(b))という珍しい組み合わせだった。

そうしたら、残されたワイルドワンズの3人が「加瀬邦彦追悼盤」と2曲を6月にレコーディングしたのだと言う。ここに載せるために一枚もらってきた。


新作追悼CD

今後は3人でワイルドワンズを続けていくとの話だ。皆さん、懐かしいポップスを聴きに銀座コリドー街のKENNEDY HOUSEでのライブにお出かけください。(2015/8/21)


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