歌と歌手にまつわる話

(164) ドリー・ベーカー92歳で死去 


Dolly Baker(1922-2014)

ドリーが亡くなりました。はじめてランプライトで会ったときはドリーは60代、私は40代でした。それから30年になります。最後に日本に帰って来たのは2006年の1月、沢田靖司のコンサートにゲスト出演のための来日です。ドリーの誕生日は2月7日なのですが、2月4日(日)に赤坂のリトルマヌエラを借り切って84歳の誕生会をやりました。

2年前に90歳の誕生日を迎えて元気に妹Bobiと親友Ruthieとの写真と長文の手紙を送ってくれました。左の遺影はその誕生日の写真です。

2012年クリスマスには東京で親しく付き合っていたジョーン・シェパードがドリーに会いにボストンまで来てくれたといって写真を撮って送ってきました。

最後の便りは下の年賀状です。

この後、2月の誕生日頃に転んで腰を痛めて入院してしまいました。そのまま4月23日に退院することはありませんでした。

その後の話をルーシーが詳しく知らせてくれました。


Dollyからの最後の便り(2014年1月)

ボストン在住のドリーの親友、90歳のルーシーからメールが来ました。
Ruth Shapiro wrote me in her e-mail about the last two months of Dolly.
DOLLY HAD BEEN VERY SICK SINCE MIN FEBRUARY. SHE FELL AND INJURED HER HIP, AND WAS IN THE HOSPITAL. RECUPERATING FROM THAT, THEY FOUND HER LEFT LEG WAS BADLY INFECTED FROM THE RADIATION SHE HAD IN SEPTEMBER. IT JUST SEEMED THAT IT WOULD NOT HEAL. THEN HER RIGHT LEG DEVELOPED ANOTHER SERIES OF INFECTIONS, AND THIS ALL HAD TO DO WITH POOR CIRCULATION. THE SCARS AND WOUNDS FROM THIS GOT WORSE AND FINALLY THE DOCTORS WANTED TO AMPUTATE HER LEGS. SHE REFUSED. SHE DEVELOPED PNEUMONIA AND SEVERAL OTHER INFECTIONS ALONG THE WAY. SHE WAS VERY SICK AND ON PALLIATIVE CARE FOR ABOUT 5 WEEKS……...

ドリーは2月始めからとても具合が悪くなりました。転んで腰を痛め入院しました。それは回復したのですが、彼女の左脚が9月に受けたレントゲンの影響で感染し悪化していることが発見されました。それは治りそうもないように見えました。右脚は別の感染症を起こしていましたが、すべて血行不良が引き起こしたものでした。これらの傷跡や傷はどんどん悪くなり、医者は脚の切断しかないと言いましたが、ドリーはそれを断りました。この結果、肺炎を起こし同時にいくつかの感染症を併発しました。ドリーの状態は悪化をたどり約5週間緩和ケアを受けながら・・・・・。

「脚のレントゲン」で思い出しました。ドリーの大腿骨はステンレス製の人口骨に取り替えられていました。階段の上り下りは辛いのです。遠回りでもエレベーターを使わせるように案内したり、どうしても階段のときは手を引いて歩きました。

正月の足の写真は冗談ではなく、すでに悪い兆候だったのだと思います。

偉大なJazz歌手でした。Dollyに出会えてJazzボーカルの何であるかを知りました。Dolly仕込みの何曲かは脳みそに染み付いています。寝ていても歌えます。

1998年にドリーはペースメーカーを入れられてしまいました。その時の言葉が「わたし死んでも心臓は止まらないんだから」でした。安らかに眠ってください。


2006年2月4日誕生日会

リーのライブに行くと私のために必ず歌ってくれた歌が2曲ある。それは、”A Hundred Years From Today” と ”Sunday Morning Comin' Down”だった。(4/24/2014)

⇒ Sunday Morning Comin' Down

SUNDAY MORNING COMIN’ DOWN
Kris Kristofferson
1969

I woke up Sunday Morning
目が覚めたら日曜の朝だった
with no way to hold my head that wouldn’t hurt.
どんな姿勢をとっても頭が痛む
And the beer I had for breakfast wasn’t bad
朝食がわりに飲んだビールは悪くなかった
so I had another for desert.
だからデザートにもう一本飲んだ
And I fumbled thru my closet
それからタンスを引っかき回して
for my clothes and found my cleanest dirty shirt.
汚れたシャツの中で一番ましなのを見つけた
And I washed my face and combed my hair
顔を洗い 髪をとかして
stumbled down the stairs to meet the day.
よろめきながら階段を降りる一日の始まり

I smoked my brain the night before
ゆうべ俺の頭の中は
with cigarettes and songs that I've been singin’.
タバコの煙とお気に入りの歌でいっぱいだった
But I lit my first and watched a small kid
きょう一本目に火をつけたら 子どもが目に入った
cussin’ at the can that he was kickin’.
缶けりをして遊んでいる
Then I crossed the empty streets and caught
通りを歩いて横切ろうとしたとき
the Sunday smell of someone fryin’ chicken.
日曜の匂いが漂ってきた 誰かがチキンを揚げている
brought me back to somethin’
その香りが思い出させるんだ 俺が失った何かを
I lost somewhere along the way.
今までのどこかで どういうわけか なくしてしまったものを

On a Sunday Morning side walks wishin’ Lord that I was stoned
日曜の朝の歩道にいると
神様 俺はマリファナでもやっていれば良かったと思う
‘Cause there’s something in a Sunday makes a body feel alone

日曜の中にある何かが 人を孤独にさせるんだ
There’s nothin’ short of dying half as lonesome as the sound
今まさに死んでいくような気分
死ぬときだって寂しさは半分ぐらいだろう
On a sleeping city sidewalk Sunday Moring Comin’ Down.
眠たげな街の歩道から聞こえる物音に比べたら
そして 日曜の朝に沈んでいく

In the park I saw a daddy
公園でひとりの父親を見かけた
with a laughing little girl that he was swingin’.

彼がブランコを押してやって 小さな女の子が笑っていた
And I stopped beside a Sunday school
教会の日曜学校のそばで足を止めて
and I listen to the song that they were singin’.
彼らのうたう歌を聞いた
I hurried back for home somewhere
それから俺は通りを歩いていった
a lonely bell was ringin’.
どこか遠くで 寂しげな音色の鐘が鳴っている
And it echoed thru the canyons
それはビルの谷間に響き渡る
like the disappearing dream of yesterday.
まるで薄れゆく昨日の夢のように

On the Sunday Morning side walks wishin’ Lord that I was stoned
日曜の朝の歩道にいると
神様 俺はマリファナでもやっていれば良かったと思う
There’s something in a Sunday makes a body feel alone
日曜の中にある何かが 人を孤独にさせるんだ
Nothin’ short of dying half as lonesome as the sound
今まさに死んでいくような気分
死ぬときだって寂しさは半分ぐらいだろう
On a sleeping city sidewalk Sunday Moring Comin’ Down
眠たげな街の歩道から聞こえる物音に比べたら
そして 日曜の朝に沈んでいく

もう一つ奇遇だと思うのは、リナ・ホーンとの関係です。リナはドリーの5歳年上です。リナの80歳の誕生を祝うイベントが97年にありましたが、リナからドリーの許へニューヨークへの往復航空券が送られてきました。ドリーは喜んでこの話をしてくれました。

そして、それから10年間、リナ・ホーン90歳になるまで歌っていました。そして、92歳で亡くなりました。

ドリーも90歳の誕生を迎えて、ショービジネスは引退した。養老院に慰問しに行きカラオケで歌っていると。そして、奇しくも同じ歳92で亡くなったのだ。


  Index       Previous Next