ジャズとコーラス

(16) Well-tempered =平均律ではないぞ

Johann Sebastian Bach(1685 - 1750)

ヨハン・セバスチャン・バッハ「平均律クラヴィーア曲集(Das Wohltemperirte Clavier / Well-temered Clavier)」とういう曲集が売られています。しかし、平均律と翻訳したのは誰の仕業なのでしょうか。temper=調律する、という意味ですから、上手く整調した鍵盤楽器という意味しかありません。第一、バッハの時代には「平均律」はまだ確立されていなかったのです。

平均律 【音楽】 equal temperament; mean‐tone tuning

と研究社の辞書に書いてありますから、「平均」を意味する言葉が、Well-temperedの中には入っていないのです。このいい加減な誤訳に何の疑問も持たず、ただただピアノを練習し続けた人がどれだけいることでしょう。バッハとは違う旋律とハーモニーを聴いているのです。

日本だけでなく、この誤解はヨーロッパにもあるそうです。そのお陰で、バッハは平均律の父という記述が教科書にありました。

後世のわれわれは、あたかもバッハが平均律の鍵盤楽器で作曲したもの、あるいは平均律鍵盤楽器用にわざわざ作曲したものと思い込んでしまうわけです。爵士樂堂自身もこの歳になるまでそう思い込んでいました。

それが、コーラス好きが高じて、協和音の物理学的、数学的理論をかじるようになって、過去に感じていたいろいろな疑問が1つずつ解けるようになってきました。われわれはピアノと言う楽器の普及により、多くの人間の耳に美しくない和音をしみこませてしまった惧れがあることに気づきました。自分のハーモニー感覚でとった音程とピアノの鍵盤を叩いた音と微妙に違うのが学生時代の体験です。感覚的に高めに、低めに音を取っていくのです。

ハーモニー感覚でなく、単音の進行でも疑問がありました。たとえば、ソ−ソ#−ラとラ−ラb−ソの「ソ#」と「ラb」はピアノで弾くと同じ音です。しかし、唄う場合には気持が悪いのです。ソ#はラbより高めに唄うほうがしっくりくるのです。ピアノにはどちらの音もなく、あるのは平均された音程の鍵盤です。

おそらく歌を唄っている人は、ピアノ伴奏がなければ自然な音程で唄いたくなるはずです。しかし、現実には、平均律のピアノで平均的な音程に矯正(悪)しているわけです。

したがって、合唱、コーラスの練習にはピアノという楽器は害を及ぼすということです。Swingleは単純にコーラスの基礎練習にバッハの曲集を使ったと考えた方がよさそうです。しかし、Swingleたちの練習風景の写真にはピアノを囲んで唄っている風景が沢山あります。

バッハは対位法に適したベルクマイスター調律あるいはキルンベルガーの第3法だったということです。この調律については、まだ内容について詳しく理解していませんが、ピタゴラス音律の欠点といわれる「狼音」を改善した調律法です。また、当時のチェンバロやハプシコードなどの鍵盤楽器は、ピアノと違って、強く弾くか弱く弾くかで音程も変わるものです。ですから、曲想に合うように弾くのだそうです。

 

コーラスをやっている人口は物凄い数字になると思います。自然の理にかなった美しいハーモニー感覚を養うには平均律ピアノで音をとることは適さないと考えている人は少なくありません。

純正律と呼ばれるピアノの調律法があります。主3和音である「ドミソ」「ファラド」「ソシレ」に対応する音程の周波数の比が、4:5:6になるように調律したものです。これにも欠点はあるのですが、平均律よりは遥かにましだということです。

実際に純正律で何小節か歌うとピッチが下がることが証明されています。バーバーショッパーは途中何小節かごとに補正して歌うのだそうです。ややこしーい限りです。

ですから、脱ピアノを考えないとならないことを認識する必要があります。従来の楽器もどんどん電子化が進みました。コンピュータ制御も実用化が進んでいます。合唱の指導者には電子的に音律を変えられるキーボード(例えば、YAMAHA HD 100)を使用している人がいます。


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