歌と歌手にまつわる話

(62)  「月の歌」と「ツキの法則」 Fly Me To The Moon

1950年代末、米ソ間の競争は、人工衛星にまで及び、1957年10月にソ連が「スプートニク1号」を打ち上げ、それに遅れたアメリカは、翌年1月に「エクスプローラ1号」を成功させやっと失地回復しました。そしてこれによる宇宙時代の幕開けを象徴するように、1954年に出来ていた "In Other Words" という曲 が、タイトルを "Fly Me To The Moon" と変えたとたん、1962年に大ヒットしたりしたのです。月までも飛んで行くことが、人々の意識の射程内に入ったのでしょう。

実際に人間が月まで飛んだのは、1969年で、アポロ11号のニール A. アームストロング船長(1930- )が、7月20日に人類として初めて月面に第一歩を踏み出し、


Neil A. Armstrong, Commander

「この一歩は小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍だ」との名文句をはきました。

同年のアポロ13号の酸素が無くなるという極限状態からの「奇跡的な生還」は映画にもなりました。

1971年2月5日。アポロ14号の宇宙飛行士アラン・シェパード(1923- )は、なんと月面高地でゴルフ・ボールを打ったのです。ソ連には思いつかない対抗意識だったことではないでしょうか。

この "Fly Me To The Moon" のように、曲の題名を変えたとたんにヒットした例は少なくありません。調べてみて気が付いたのは、この手の曲には何故か「月(Moon)」にまつわる曲が多いのです。

例えば1932年につくられた"If I Believed In Me"という曲は、翌33年にパラマウント映画 「Take A Chance」 に使われ、その時"It's Only A Paper Moon"と改題されてヒットしました。

1934年に作られた"The Prayer"という曲は"Make Me A Star"という題も考えられたのですが当初は売れず、次いで"The Bad in Every Man"と変えたのですが、それでも世に出るに至らず、1935年に"Blue Moon"と改題されて、30年代のヒットメーカーGlen Grayが歌ってやっとBillboard誌でHit #1となったものです。

まだあるのです。1935年にGlenn Millerが作曲し、はじめEdward Heymanが歌詞をつけた曲に"Now We Lay Me Down To Weep" があります。この曲はクラブなどで演奏されていましたが、全然注目されませんでした。その後、1939年にグレン・ミラーがこれに手を加えて、タイトルを"Moonlight Serenade"と変えたとたんに、ミリオン・セラーとなり、"Star Dust"のMitchell Parishが新しい歌詞をつけました。みなさんが聴いているのはこの歌詞です。この曲はグレン・ミラー楽団のテーマ曲としてあまりにも有名です。


Back River at Savanna, Georgia
(People started to call it "Moon River" after this song was released).

その他、曲が出来る過程でそのタイトルが推敲された例もあります。例えば、パラマウント映画、オードリー・ヘップバーン主演「ティファニーで朝食を」(Breakfast at Tiffany's)の主題歌で、1961年に出来た"Moon River"は、"June River"、"Blue River"、"Red River"など散々考えられたあげくのはて、最後に"Moon River"に落ち着いたのだそうです。同じ月でもこの抽象的でわけの分らないタイトルが、かえってこの曲のヒットという成功をもたらしたのです。この年のオスカーを取ってしまいました。おそらく"Moon River"の歌詞を完全に解釈することは困難です。想像たくましく勝手に解釈することは可能ですが、どういう意味で書いたのかはJohnny Mercerご本人に聞くしかありません。爵士樂堂主人もマーサーになったつもりでいろいろ解釈したことがあります。Nativeに聞いてもマーサーの生い立ちなど知らない人では結構いい加減なことを言っていて納得できないものがあります。

「月」がツキを呼んだ事実とノウハウは、売れなくて困っているソングライターに伝授したい位のものです。

この話の草稿は、鈴木英夫氏から頂戴したものであります。つい先週の土曜日にお会いして、こんなお月様の話が出ました。そこで「書いて送って」と頼んでおいたものです。新 折人(ニュー・オリン)が同氏のペンネームで、ジャズに関するものを書くときはこの名前をお使いです。どこかで見かけたら、鈴木さんを思い出してください。(2001/10)

そう、昨晩は中秋の名月でした。

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