ジャズとコーラス

(24) The Platters のお家騒動
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1952年にプラターズの前身となるグループ、The Flamingos(シカゴのではない)が結成されました。メンバーは5人、リードのCornell Gunter、Gaynel Hodge、Alex Hodge、Joe Jefferson、Curtis Williamsです。

  

最初に辞めたのがCurtis Williamsで、替わりにHerb Reedが入り、その後、Joe JeffersonがDavid Lynchに交代、更に1952年暮にCornell GunterからTony Williamsに替わりました。

1953年にプラターズ初めてのレコーディングが、Tony Williams、Gaynel Hodge、David Lynch、Alex Hodge、Herb Reedにより行われました。その後、時期は不明だがGaynel Hodgeが去り、4人が残りました。


初めてのPlatttersの写真 1954年


Buck Ram and Jean Bennett

1954年、この4人がソングライターSamuel ”Buck” Ramとのマネージ契約しました。その後のプラターズのヒットの連続はBuck Ramのお蔭だと言えます。Jean Bennettは歌手ですがBuck Ramの事務をすべて受け持ってくれた片腕の秘書です。

この4人にZola Taylorが加わります。Buck Ramは1940年代のジャズ・コーラス、Pide PipersやModernairsが頭の中にあったようです。それに倣ってZolaをリクルートしたのでした。


The Platterrs 1954

1954年5月のセッションの後、Alex Hodgeが去り、Paul Robiがメンバーになります。 


The Platterrs 1954

プラターズの起源をたどり、70年前の古い話を書きくわえました。(2020/7/12) 

1950年代に華々しくヒットを飛ばしたDoo Wopのグループ、The Plattersは1953年にBassのHerb Reed(左前)が4人の男を集めてアマチュアのショーでいつも一等賞を獲得していました。翌1954年のはじめに女性のZola Taylorを加えて5人編成となり、ソングライターのBuck Ramが彼らの面倒を見ることになり、1955年にMercury Recordsと契約しました。これより、”Only You”, ”The Great Pretender”, ”My Prayer”, ”Twilight Time”, ”You'll Never, Never Know”, ”Sixteen Tons”をはじめ数々のMillion Sellerをわれわれは聴くことになったのです。

われわれが1950年代の後半にレコードを手にしたのは、Alex HodgeがPaul Robiに交代してからで、リードテナーのTony Williams(左後、1992年没)、バスのHerb Reed、テナーのDavid Lynch(1981年没)、バリトンのPaul Robi(1989年没)、そしてZola Taylorです。この時代がプラターズの黄金時代です。


The Platters

さて、ニューヨークの世界貿易センター・ビルにテロリストが旅客機をハイジャックして突っ込むという事件が起こった2001年9月のことです。BLUE NOTE Tokyoで予定していたタレントが飛行機が飛ばず来日できなくなりました。

丁度、日本をツアー中の”The Platters”がその穴を埋めることになったのですが、突然のことでチケットを宣伝販売する時間がありません。席を埋めるために何人でもよいから人を集めてくれというのです。そこで30人以上を動員して聴きにいったわけです。もちろん、この写真のオリジナルメンバーは一人もいません。

動員された一人がたまたま「暮にプラターズが来るから、一緒に行こうと思って」と一枚のチラシを持ってきたのです。それには”Sonny Turner with the Platters”と書いてあり、写真を見てもまったく違うグループなのです。Sonny TurnerはTony Williamsの後にリードテナーとして10年間唄っていた60年代のプラターズのメンバーです。

「なんだ、これは?俺たちの前で唄っている”The Platters”とは何者なのだ?」

翌日、沢田靖司に会ったのでこの話をすると「プラターズは7つ8つあるよ。田舎へ行けば、それでお客さんは集まるのさ」というではありませんか。そこで、帰ってから調べてみて驚きました。アメリカだけで最低7グループ、フランスやイギリスで活動しているプラターズを含めると少なくとも20グループくらい存在しているらしいのです。こんな冗談のような話はめちゃくちゃではありませんか


Herb Reed and The Platters

The Platters(大皿、レコードを意味する)というグループ名は1953年にHerb Reed自身がつけた由緒ある名前です。それが、プラターズの60年代のメンバーの一人であったPaul Robiがプラターズを去り、自分の妻をメンバーとする新グループ”The Platters”を結成してツアーを始めたのです。それ以来、”The Platters”という名称使う権利をめぐっての裁判沙汰が長い間続いていたのです。

暮に来日するというSonny Turnerも同様に分派活動を始めたものです。また、1970年代にリードテナーを唄っていたMonroe Powelも別のグループを結成しているのです。われわれがBLUE NOTEで聴いたThe Plattersはオリジナルとは縁もゆかりもないプラターズなのでしょうか、それとも誰かがどこかでつながっているのでしょうか。

1999年4月にサンフランシスコの巡回控訴院はHerb Reedが”The Platters”の商標の権利を有するものとの判決をくだしたのです。その後、2000年8月にはUS Patent and Trademark OfficeはHerb Reedに”The Platters”への権利を認めるという通知を出しています。

しかし、2001年2月5日にニューヨーク州ブルックリンの裁判所はHerb Reedに”Herb Reed and The Platters”と名乗ってもよいが”The Platters”と名乗ってはいけないとの裁決を下しました。彼はこれを受け入れたのですが、他のグループがいろいろな形で”The Platters”の名前を使っていることは法的に許されないとして、直ちに上告をしたということです。

分派したグループであっても、何らかの形でご本家に縁続きであるグループから”The Platters”という名前を剥奪するという結論が出るには難しいことがありそうです。また何年もかかるのでしょう。

Herb Reedは当初から1968年まで”The Platters”のリーダーとして唄っていたのですが、その後は唄っていませんでした。このような紆余曲折を経て、現在はマサチューセッツ州でささやかながら唄っているのだそうです。ど真ん中の老人がHerb Reedです。このグループを本家と言ってやりたいところですが、2004年現在、手許にあるデータでは、

Herb Reed and The Platters*
Sonny Turner with The Platters*
The Platters Featuring The Legendary Monroe Powell*
Jones & Mathews Tribute To The Platters
An All-Star Platters Revue
The Buck Ram Platters*
The World Famous Platters*
The Platters
Bernard Purdie Salutes The Platters
The Magic Platters (France)
The Amazing Platters
Zola Taylor's Platters*
The Legendary Platters
The Golden Platter
The Magic Platters (Deutchland)
Sounds of The Platters (United Kingdom)
Joe Coleman's Platters
Platters Eighty One
Jesse Furgeson's Platters

といったグループが2001年現在で活動中です。*印のついたグループはオリジナルメンバーあるいは本家出身メンバーを含むグループです。Paul Robiの奥さんはMartha Robiといって2人を中心にPaul Robiのプラターズを編成しましたが、Robiが89年に亡くなって、グループは一旦無くなりましたが、マーサはAn All Star Platters Revueに入っているとかです。なんだか訳が分からなくなっています。Paul RobiはElmer Hopperをリードに20年ほどプラターズを続けました。

Buck Ramは50年代にプラターズのヒットソングを書いたソングライター兼マネージャーです。彼自身は歌手ではないので唄いません。Buck Ramが自身のプラターズを編成し、マーキュリーにレコーディングの話を持ち込んだのですが、マーキュリーは「プラターズはトニー・ウィリアムス以外はいやだ」と断ったということです。これには同感です。

誰もがトニー・ウィリアムスのリードに魅力を感じていたのです。彼の後にSony Turner、Monroe Powellと続くのですが、バックコーラスをやっていたオリジナルの人の中には、なんとも気に入らず、飛び出てTony Williamsのようなリード歌手を探して分派のグループを形成して行ったのです。

”The Platters”という名前の使用権をめぐり、ReedとRobiとRamが三つ巴で訴訟を起こして30年にもなるのです。判決もRamに行ったり、Robiに戻ったりしているうちに、2人は亡くなりました。生き残っているのはハーブ・リードだけとなりました。世界中に20グループ近くがPlattersの名前を使っているのです。今もって終結したとはいえません。それだけプラターズの看板は重みがあったのでしょう。

麻布十番永坂の有名なお蕎麦屋さんにもこのようなのれんをめぐる話がありますよね。

(2001/9)


Paul Robiの率いるPlatters

ご本尊のトニー・ウィリアムスは、彼のヒット曲を歌って良く思えるのはエルマー(左)だけだと折り紙をつけました。

そのエルマーが爵士樂堂のところに尋ねたいことがあるとメールをよこしたのです。日本のミュージシャンの消息についてです。彼は松本英彦が亡くなったことを知りませんでした。70年代から80年代に日本によく来ていたのです。現在はミルス・ブラザースの末弟ドナルド・ミルスの息子John IIとMills Brothersの名を継いでツアーをしています。

2005年の10月にJohn Mills IIとElmer HopperのMills Brothersが日本に来ました。まさか来日することはないと思っていただけに2人と会って互いに喜び合いました。

その様子はこちら

不思議な縁です。2003年にはJohn IIと、2004年からElmerとネット上で連絡を取り合っていたのです。 

(2005/10)


ゾラ・テイラーの死去

Zola Taylorが2007年4月30日に亡くなっていました。まだ、69歳の若さです。逆算するとプラターズに加わったのはわずか16歳のころだったのです。2004年にZola Taylor's PlattersがPBSのTV番組に登場したことがありました。私はVideoで見たのです。車椅子に乗ってステージに出てきたのですが、歌ってはいません。すごく年取って見えました。

それが、先日、生き残っている唯一のオリジナルメンバーのハーブ・リードが続けているHerb Reed and The Plattersのホームページを見たら、ハーブがゾラの追悼文を書いているのです。アメリカに”Dead and Alive”というサイトがあって、有名人が亡くなるといち早くアナウンスされるのですが、そこではZola Taylorの死亡記事は出てきませんでした。

というわけで、オリジナルのメンバーではバスのハーブ・リードだけが歌い続けています。

(2007.12.12)


Herb Reed死去

ついに♪You'll Never Know〜が腹に響いたプラターズのオリジナルメンバー最後の生き残り、ハーブ・リードが2012年6月4日にBostonのホスピスで亡くなりました。83歳でした。2011年以降彼のグループはツアーはしていません。

昨日あたりから急にPlattersのページへのアクセスが増えたのであれっと思って気がつきました。

これで、オリジナルメンバーはすべていなくなりました。(2012/6/7)

 


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