歌と歌手にまつわる話

(69) スターになったDK嬢  Maybe You'll Be There

Diana Krall(1964-  )

日本でダイアナ・クラールが知られるようになったのは90年代に入ってからです。カナダからNYに出てきた弾き語りです。

最近は大変な売れっ子になり、1999年にはアルバムThe Look of LoveでBest Jazz Vocal Performance GRAMMYを獲得し、2002年にはカナダのグラミー賞といわれるJuno Awardsで最優秀アーティスト賞と最優秀アルバム賞をとってしまいました。

ノーベル賞を先にとって、後から文化勲章をもらったというのと同じです。

それまでは、ちょくちょく日本に出稼ぎに来ていました。今年、結婚したばかりのギタリスト、田辺充邦君の話です。

早稲田のリーガロイヤルで演奏をしていると、客席にダイアナ・クラールが現れたのです。そこで、DK嬢の唄っている歌を片っ端から演奏したのだそうです。

演奏が終わると、ホテルのボーイが「お客様が席に来るよう」と伝えてきました。「そーら、来た!」とばかり、DK嬢のテーブルで訳のわからない彼一流の英語で話をした、という話です。

田辺君はDK嬢に「ちょっと待ってて」と言うと、自分の車に飛んで行き、彼女のCDを全部持ってきて、曰く、

”サイン プリーズ”

この田辺君の出会いは90年代の終わりごろのことです。


2002年6月15,16日は東京国際フォーラムでコンサートがあることになっていたのですが、ダイアナの母親が病気で倒れたため10月に延期になりました。

超有名になってしまったのは彼女には有名なマネージャー達がついて、のし上がらせてしまったからだそうです。そこで、ギャラの桁が一桁上がってしまったということです。日本の呼び屋は高過ぎて手が出せない状況になっているのだそうです。

ところで上の写真は彼女がパリで開いたコンサートのDVDのジャケットです。おそらく、東京のコンサートもこれと同じ内容になるものと想像していましたが、10月にならないと分かりません。

入っている曲はDK嬢が賞をとったThe Look of Loveの曲を唄っています。ただ、ライブであるところがCDとは違います。さて、このDVDの中に”Maybe You'll Be There”があるのですが、DK嬢は1コーラス目で歌詞を間違え2小節黙り込んでしまうのです。おどろきましたねぇ。この歌はむかしビリー・ホリデー、ジューン・クリスティなど多くの人が唄っていましたが、DK嬢はしっとりとバラードに歌い上げています。CDでは秀逸と言えます。

今年の春に彼女のコンサートのことを知りチケットを取ろうとしたとき、友人の一人に誘いのメールを出しました。「DK嬢のに行くか?」

「DK嬢って何です、デッケー女ってことですかい?」

これ以来、われわれの間では Diana Krall=DK嬢=デッケージョー ということになりました。

このDVD、あるいはライブをご覧になったことのある方は「くそ生意気な小娘」に見えることと思います。実際、エルビス・プレスリーが全米でスターダムにのし上がったときの、エルビスの生意気な目つきと口元の表情そのままなのです。

でも、話の種に「生意気な生のDK嬢」を見に行きたいですよね。歌もピアノも上手いですから、それに田辺君と話が合うように。(2002.7)

後日談:

見に行きましたよ。「どうだったかって?・・・はい、ご想像の通りでした」

大金を払って来てくれた多くの聴衆に「歌を聴いてもらう」という態度ではありません。

「私の歌を日本人なんかが聴いたってわかるわけない」

という日本人を馬鹿にした歌い方。でも、多くのお客様は何も見抜けず、満足して帰ったのかも・・・だから日本人はカモにされる。

私は不愉快で途中で会場を出ました。(2002.10)

今は2014年、12年も経ってしまいました。知り合いのとみこさんがDiana Krallを好きになったようでFacebookにそのことを書いています。私はおとみさんに「CDだけ聴きなさい」と言ってやりました。

それで思い出したのですが、今年の4月に92歳で亡くなった、わたしがお袋同様に一番大事にしたジャズ歌手、Dolly Bakerのお話です。

Dollyは1961年にポルトガル人の実業家、Botelho氏と結婚し、それまでのキャリアを捨てて日本に渡りました。そして、昔のMistyなどJazz Clubに行き、Jazzを聴く日本人の知識の深さはアメリカ人のそれを凌ぎ、さらに、英語の歌をそのまま理解し、言葉の壁は何も存在しないことに気がつき、「ここで、もう一度歌おう」とライブ活動を始めたのです。

Dolly BakerとDiana Krallの日本人に対する認識の違い、何なんでしょう?それは、人間の違いです。脳みそも違うのでしょう。

だから、ドリーの歌は私たちの心を打ちました。心が通じるのです。ドリーは誰にも尊敬される大歌手だったのです。そのドリーが尊敬していた日本人が2人います。それは、前田憲男と沢田靖司です。本人の口から直接聞いた話です。

私は人の100倍も「知りたがり屋」です。それを知っているドリーは、彼女が持っていたジャズの資料、写真、珍しい譜面、Song Book、John Chilton, "Who's Who of Jazz"1978、などを全部私にくれました。

デッケー嬢には、ドリーの爪の垢でも飲ませないと治らんでしょう。また、日本に大金を稼ぎに来るでしょう。ああ、いやだ!(2014/8)


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