小島君の思ひ出
吉 田 健 一
 

さう言っては怒られるかも知れないが、小島君から最初に受けた印象は可愛い子だといふことだった。これは中学の1年生といふのが12,3の少年であることを思へば年齢の上で間違ってはゐないし、小島君は事実可愛い子だったに違ひない。併しそれ以上に交友がその当時深められなかったのは既にその頃から我が級の後年の出世頭でダーク・ダックスの育ての親たる小島君と、まだ今日になっても出版社、雑誌社その他に出掛けて行っては、悪いけど金を貸して下さいなどと言ってゐる吉田君の間に趣味、傾向など凡ての点で格段の相違があったからではないかと考へられる。殊に少年の時代は類を以て集まるものである。まだ自分とは違った人間のよさなどといふものは解るものではなくて、級のどこかに小島君、また別な所にこっちがゐるといふ事実があるだけだった。

それから又顔を合せるやうになったのは戦後に小島君が既にその名をなしてからのことで、往年の可愛い子は魅力も分別もある大人に変わってゐた。それはやはり栴檀は二葉より香しいのであることになる。併し同級会などで小島君に会ってそれにも増して感じたのは君が親切な、人に対して親身になれる人間であることだった。その後の追悼文などを読んで解ったことであるが、忙しいことに掛けて我々凡庸の同級生とは桁が違ってゐた筈なのに小島君は少しもさういふ顔もせず、時間が許す限り、その晩一晩は一緒に飲むやうな顔付きでゐて、ぎりぎりまで我々とゐてくれた。その上に一度、何かの用でこっちも小島君と会場を出た時に途中まで車で送らうかと言ってくれたことがあった。その頃は既に薄々は事情を知ってゐたのでこれは断ったが、忙しい人間に車で送らうなどとなかなか人に言へるものではない。ここに小島君の動かせない魅力の一面があるやうな気がする。

 
 

 

 

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