歌と歌手にまつわる話

(183) ジャズピアノ菊地雅章75歳で死去 But Not For Me

2015年7月9日毎日新聞


Masanobu Kikuchi(1939-2015)

ジャズピアニストの菊地雅章が2015年7月7日、ニューヨークの病院で脳出血のため死去した。75歳だった。

1960年代から美空ひばり、日野皓正や渡辺貞夫との共演で有名になった。バークリー音楽院に留学し1969年に帰国。1970年発表のアルバム『Poo-Sun』は自分のニックネーム「プーさん」をアルバムのタイトルにした作品。後のクロスオーバーなどが用いたエレクトリック・ジャズの新しい試みだった。

But Not For Meというアルバム(写真)は名盤として知られているが、この2日の間に中古LPはネットの中でSOLD OUTになってしまった。

彼には菊地雅春という藝大出身の作曲家の兄がいる。縁とは不思議なものだ。私はそのお兄さんの書いた歌を歌ったのだ。一緒にふぐも食った。

1995年、大分県津久見市長の岩崎さんが町興しのために、県から補助金をたんまりもらってきて「創作ミュージカルをやろう」という話を私の音楽友達、広島大学指揮科出身の山口豊二兄ちゃんに持ちかけてきた。豊兄さんも津久見の出身なのだ。

この話が実現し、地元のキリシタン大名、大友宗麟をテーマにした遠藤周作の「王の挽歌」より「ムジカ」というミュージカルが書かれた。この作曲に当たったのが菊地雅春さんだった。津久見出身の下川辰平さんはナレーターとして出演してくれた。

素人ではわたし1人が出演することになり、役はフランシスコ・ザビエルだった。みんなに「ザビエル、ザビエル」と呼ばれた。同年7月8、9日に3回の公演を行った。

               菊地雅春さん

近藤歯科院長    岩崎津久見市長    下川辰平さん    わかやま    山口豊二さん  

地元の有力者、近藤歯科の院長は当時大分県の歯科医師会の会長だった。この写真は8日の近藤宅でのVipの宴会の記念写真だ。大分県はふぐの肝が自由に食べられる。醤油に肝を溶かし込み、ふぐ刺しを付けて食べることを知ってしまった。天国の食べ物だよ。

もうひとつ、豊後水道というのは潮の流れがきついので有名な海峡だ。ここで育つアジやサバはとんでもない筋肉の塊の魚になる。関アジとか関サバという言葉を聞いたことのある人がいると思います。

ある大分出身の男が、禁漁期間中に海に出て関アジを内緒で釣って送ってくれたものだ。これも天国の魚だ。

あーー、食いたいー!! (2015/7/9)


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