歌と歌手にまつわる話

(106) ジュニア・マンス Invitation


Junior Mance(1928- )

ジュニア・マンスは1928年シカゴで生まれました。5歳のときからピアノを弾き始めたといいますが、10代になったときには、既にプロ活動をしていました。ハンク・ジョーンズはもう90歳になりますが、マンスも今年(2009)の10月には81歳になります。

そのマンスはたびたび来日して、日本中の各地で演奏をしていますので馴染みの深いピアニストの一人です。

50年代にはキャノンボール・アダレーやディジー・ガレスピーらとのレコーディングが有名です。ガレスピーのバンドでの時代はマンスの人生でのハイライトだったと回想しています。

60年代になって、自分のトリオで演奏をするようになり、63年から64年までは、Joe Williamsの伴奏を専属でやっていました。

90年代になって「100 Gold Fingers」と呼ばれるエリート集団の一人となりました。今年、2009年も日本で開催される「100 Gold Fingers」のコンサート・ツアーに参加するために来日しています。あっという間にマンスも80歳となりましたが、もう老成したのかなと思っていったところがとんでもない。足腰もしゃんとして元気印です。

やはり、80歳前後のホロビッツが83年に初来日して、そのよぼよぼな姿でコンサートをやり、可哀想に概して不評でした。NHKホールのコンサートは50,000円でした。それで、3年後にもリベンジ来日したのですが、またミスタッチを評論家に指摘されたりしました。そういうボロボロの印象が強いです。ちなみに3年後のチケット代は28,000円となっていたそうです。

わたしはNHKのテレビで見ていました。ミスタッチもあったかも知れませんが、ベートーベンもショパンも曲の気持ちが伝わってきたのを憶えています。ホールに行っていませんが、鍵盤の魔術師の生きている姿を写真以外で初めて見ていい思いをしました。指先も映りました。

概して評論家はアラ探しが仕事だと思っているようです。褒めていたのでは評論にならないと思っているのでしょう。


Vladimir Samoilovich Horowitz(1903−1989)

同じ80の爺様ピアニスト、そんなことを想い出しながら、2人を重ねながらマンスを聴きに行ったのです。マンスの若々しいことには驚きました。

今回は珍しいソロピアノのライブでした。今まで、ベースとドラムスとのトリオやフルバンドとの演奏などでしか聞いたことがなかったのですが、有名なベース、John Claytonの息子と2人のライブが武蔵野文化ホールで開かれました。武蔵野市には武蔵野文化事業団という組織があり、来日する有名アーティストのコンサートを市民のために通常の半額程度のチケット代で開いています。我が家も会員になっているので、こういう催しがあると知らせてきます。

クレイトンは「100 Gold Fingers」に最年少で出演することになっています。2人のライブは「100指」のコンサートに先立ってのライブです。


Gerald Clayton(1984- )

これまでにも「100 Gold Fingers」で何度も出演していますから聴きに行っていますが、今度は小ホールでのライブなので、ステージとの距離が近く、表情も指の運びもよく眺められて面白かったです。クレイトンは1984年生まれ、マンスの孫のようなものです。その2人のソロとデュオとでプログラムは組まれていました。

ご承知のように、トリオ演奏での演奏法とソロピアノでの演奏法はまったく違ったものになります。そういう意味で珍しいものを聴いてきました。

その連弾の曲の中で珍しく”Invitation”という難しいメロディの曲が頭の中に残っています。

ジュニア・マンスのインタビュー

 

このGeorgia On My Mindは人間の歌よりはるかに唄っています

 

You Tubeに誰かが上げたライブの動画がありますが演奏が気に入りません。

私はこのPlayが一番好きです。音源が取ってあったので、わたしがYou Tubeに上げました。(2009/6/1)


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