歌と歌手にまつわる話
Story of Songs and Singers

(241) Connie Francis Vacation


Connie Francis(1938- )

♪V・A・C・A・TION楽しいな・・・と耳に入ってきたのは1962年頃。弘田三枝子や伊東ゆかりらがカバーして、テレビで毎日のように聞こえてきた。

それより前にわたしが口ずさんだのが、「カラーに口紅」だった。ビートルズが出てくる前のOldies華やかなりし頃のスターだった。

その前に出たのが”Who's Sorry Now?”だった。これが彼女の歌手としての運命を決めた曲だったそうだ。この歌は、Standard Jazzと言って良い曲相でジャズファンに受け入れられたと言ってよい。

日本で大流行りだったのは”可愛いベイビー”で、中尾ミエはこれで後の人生が決まってしまった。そのミエちゃんはOZ SONSの草月ホールのコンサートにはゲストで歌いに来たのですよ。

”Vacation”、”Calender Girl”なんていうポップスが大好きなオジサンがいた。その名を相馬一比古といい、ピンクレディを育てたプロデューサーだった有名人である。

テレ朝通りのDOMINANTで毎週のように遊んだ。相馬さんが60年代ポップスのメドレーを歌う。それにコーラスを付けるのが嶋田トオルとわかGの二人。相馬さんは気持ちよかったらしい。懐かしい時代だったが、DOMINANTが2000年3月で六本木ヒルズ建設のため取り壊されてしまい、その後、会うこともなくなった。

そうしたら、2005年1月15日にわれわれには黙って、60歳で他界してしまった。

目黒の大鳥神社の裏の相馬さんの家でよくバーベキューなんてやったものだ。何年かぶりに嶋田トオルに会い、相馬さんのことを思い出したというわけだ。(2018/2/20)


相馬一比古

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